
6月24日(水)
梅雨らしい日々です☔
雨だとカタツムリ🐌もカエルも
喜んで(?)道路に出てくるもんだから
晴れている日よりも
目を覆いたくなるような死骸が多くて
生きているカタツムリを見るたびに
『気を付けなはれや(;_;)』と
そっと心の中で唱えるここ数日間です
さて…
今日も、
オンライン授業をさせてもらい
いつもいつも本当に楽しくて
感謝の気持ちで心があったまって
ほっこりしながら
退出ボタンを押しています。
かれこれ1年になります。
ありがたいです。
その子たちも数年後には大学受験を迎えますが、
今日は、
『現役合格』について
思ったことがあります。
私自身も
大学受験を通ってきた1人です。
『現役合格』という言葉は、
自分で掲げる前に、
もう目の前に掲げられていました。
どうやら『現役合格』が良いらしい、
と疑うことなく、
『現役合格』を目指しました。
でも、
この状況ってすごく、
健全じゃないなぁと思います。
合格に、『現役』であるかどうかって
よく考えると、そんなに重要じゃないです。
高校だって大学だって、
入りたい学校なら何歳でも入れるんだから
入りたいなら、
何歳でもチャレンジしたら良いんです。
でも、
高校受験は特に、
浪人する人は少なくて
『滑り止め』とか『第二志望』
の学校に“仕方なく”入る子もたくさん居ます。
そのせいで、
なんだか一生、心のどこかで、
そのときの『不合格』を、
『自分の努力不足』だとか『失敗』
として引きずってしまう子も少なくないです。
現役合格の現役は、
周りが作った変な“基準”に過ぎないのに
その“基準”のせいで、
苦しんでるのは、子どもたちかもしれないです。
学校や塾や大人が、
現役合格を大声で掲げることって、
『不合格』という結果を、
本人に『努力不足』だとか『失敗』だとか
“ダメな結果”として感じさせてしまう危険性があります。
挑戦したら、
必ず失敗もします。
何かに挑戦するとき、
“成功”という結果のために、
出来そうな挑戦をしたところで、
心から成功を喜べるはずないです。
だって、出来そうな挑戦なんだもん。
でも、
現役合格のために
“ランクを下げる”とかいうのって、
よく聞きます。
これは、
誰のためなんだろう。
大人は、
高校受験や大学受験に対する姿勢を
見直した方が良いかもしれないです。
じゃないと、
挑戦する子どもたちの足を、
平気で引っ張ってしまいます。
でもこれ、
受験に限らず、
大人もけっこう陥ってると思うことがあります。
“ある年齢で、
そうなっていなければいけないこと”
なんてことは、無いはずです。
でも例えば、
大学受験は無事に合格できても
次は
就職活動があって
その次は
結婚なんかがあったりします
どれも、
何歳の時にそうでなければならない
ものはないはずなのに、
自分の意思の前に、
目の前にやってきます。
20代後半で、
結婚に焦ってる人もたくさん居ました。
よく考えると、
変な話です。
目指せ現役結婚!みたいな話です。
“婚期”って、なんだ?
自分の時間の流れの中で、
良いタイミングは人それぞれです。
とにかく、そのタイミングは、
世間の目とか一般常識の中には絶対になくて、
そっちに合わせることで、
逃してしまいます。
誰にとっても、
“今”が1番若いときです。











