聖性を失わない程度に資本主義

 

平成から令和へ。

このタイミングで御朱印転売がクローズアップされました。いわく、記念の御朱印が、「適正価格」よりも高額でインターネットで転売されているとのこと。

この「問題」を考えて神社仏閣の理解が深まったので書き残しておきます。

神社さんもお寺さんも、資本主義のこの世界で、先立つ物なしに生きて行けません。神社仏閣の片脚は経済行為に突っ込んでいます。俗っぽいには違いありませんが。

一方で、神社仏閣のもう片方の脚は、経済行為とは真逆の領域に突っ込んでいます。神聖で厳粛で荘厳。このような神社仏閣の備える聖性に人は惹きつけられます。

だから「問題」がこじれる。俗な世界からは逃げられないし、聖なる世界に留まらなければならない。大げさかもしれませんが、聖と俗の境界線上に神社仏閣があるのだと思います。

「適正価格」をオーバーした御朱印転売は、その境界線を踏みにじり、神社仏閣を俗の領域に落とし聖性をけがす(と感じた人が多い)ので、耳目の注目を集めたのでしょう。

聖性を失わない程度に資本主義...むずかしいですね。

それでは。

 

 

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2019/06/09 7.10 ALIS 0.00 ALIS
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やうやう白くなりゆく山ぎは
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