病院の怖い話

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そんなに怖かないよ
どうにも病院って箱は雰囲気イケメンみたいなさ、
「あ、これは怖いだろ」
って補正がかかっちゃうからさ
実際変な声が聞こえたって話も結局は実験動物の鳴き声だったりなんだよ
え？実験動物が可哀想？
じゃあ何も安全性が確認されてない治療法や投薬もOKってことかい？
最近流行りのヴィーガンみたいなこと言うなよ
自然に逆らって良いことない…って延命処置も逆らってたなぁ
胸骨圧迫こう見えて上手いんだよ私は

話が逸れた
これだから当直明けの頭は嫌なんだ
頭の芯がボーッと痺れたような熱を帯びたような…
平和な所謂寝当直ってやつでも脳の底は起きてんだろなぁ
とにかく体が気だるくてどうにも翌日キツいんだよ
アンタが病気になってね、しんどくて病院行くとするよ
治療してくれる医者が昨日ロクに寝てない頭で選んだ薬ってどう思う？
その薬がアンタが過去に凄い副作用起こしてたって記載を医者が寝ぼけた頭でど忘れしてたらどう思う？
これも病院の怖い話の一種かも知れんね
腕がいいほど急変時の些細なことに気付いて検査して沼にハマるからさ
見なくていいもの、気づかなくていいことにハマるんだよ

実際幽霊なんか見たこたぁ無い
先輩からも聞いたこと無い
「出る」って噂の当直先だって何年も務めたけど今も生きてるしね
怖い話って言われて思い出す話はね
看護主任孕ませた先生の車が他の女に燃やされたとかそういう人の起こすことだよ
何人も女の人取っ替え引っ替えしてる外科医とか、研修医に貢いで貢いでスッテンテンにされた内科の指導医とか、医局の男と全員ヤった医局秘書とか…
関わったら本当に痛い目みるのはどう考えても「人間」なんだよなぁ

人と関わる仕事だからね、向かない人には向かないもんだよ医療職って
頭が賢いってだけで医学部に行ったとか、
親が医者だからってだけで医学部に行ったとか、
なんかドラマとか映画とかでカッコいいからって来ちゃった同期は悲惨だったよ

頭が賢くても臨機応変じゃなきゃ急変で人が死ぬし、良い点数なんて存在しない
自分が医師免許取る頃には親の医院が近所の綺麗なクリニックに患者取られてる
指示出そうにも看護師に鼻で笑われてまともに取り合ってくれない
夢と現実を直視したくなくても直視させられる場所なんじゃないかな
医者の自殺率が高いって話聞くけどどうなんだろうね？知らんけど

人と接するの苦手な人種もそんなこんなでうっかり医師免許取っちゃうことがある
割と多いよ、その辺の開業医とかでとんでもない医者に当たった経験無いかい？
その辺の開業医にはね、医局って温い群からもはみ出してる奴が混じるんだよ
え？私？私はとっくの昔に医局なんか抜けたよ
私みたいなはみ出しもん、忖度とかいう単語モリカケで知ったんだからさ
無理だったよ
でも勤務医くらいの空気読みなら出来るからダラダラ微温湯に浸ってるんだけどさ

ああ、また話が逸れた
当直明けって揉めた当直でありゃあるほどアドレナリンの残渣に酔ってる感じなんだ
徹夜で飲んだ帰りの始発電車みたいな高揚からの墜落中みたいな感じかね
この文章はそういう酔っ払いの夢の話だと思って読んで欲しいな
昨日の急変はあの兆候を見逃さなかった自分をひっそり褒めてるって感じの
やって当たり前、やれなきゃ訴訟ってタイトロープな環境が生み出す脳内麻薬の余韻でバカになった誰かが嘘を書き連ねてるのがこの文章だよ

話が飛ぶんだけどさ許してよ
知ってる？研修医ってね
医師免許取った後に今は二年間卒後臨床研修ってのやらんとダメになったんだよ
所謂昔で言う所のインターン？ってやつに給料が出るようになってさ
昔は無給で初っ端は働かされてたんだって。ブラックすぎて笑うしか無いやね
でも皆上下関係しっかりしててね、先輩もインターンのキツさは知ってるからさ
飯だけは食わせてくれるんだよ。酒も医局にお歳暮お中元って名前で来るからね
最悪どこかに入局したら医局で寝て、飯食えて、着るもの（術衣）があったんだよ
差し出すのは自分の労働力。牧歌的だね
患者さんが封筒にお金包んでくれてた時代はその金が医局の飯代にプラスされて
「今日は○○さんのくれた金で肉でも食うか」
みたいな話もあったんだよ
辛くて辛くて良い物食いたいなって時までその封筒を皆で隠し持っておくからさ
その人もうこの世に居ないこともあるんだけどさ
今はもう殆ど聞かないし、むしろ訴訟の恐怖に震えてるんだけれどね

インターンの時は皆金がなかったから変な平等感があったみたいだけど
私が研修医になった時には割と明暗別れててね
良い病院で研修できたら当直も少ないし、給料も結構出るんだけれどさ
崇高な理念で病院選んじゃうと金は無いわ忙しいわのキツい病院もあったんだよ
大学の同期の話を聞くと羨ましいこともあるし、逆もあったよ
急変の多さは別に良いんだ、手に技術がつくからさ
でも上級医がクソってところに当たると地獄だったんだよ
ここで研修を終えないと何者にもなれないのに、上級医がクソだとね逃げられないんだよ。他の職種より潰しが利かないからさ、本当に地獄だった「らしい」

私は性格的にすぐ色々忘れるから幸せだったんだと思う
おかしいって評判の上級医からも
「お前変わってるな」
って言われてたから多分あまり踏み込まれなくて済んだんじゃないかね
毒をもって毒を制してたんだろね

標的になるのは真面目な奴だったよ
真面目にコツコツ、上に反論しないで飲み込んで、背負い込むタイプ
でもどんだけ真面目にコツコツしてたって書いた通りでね
やったらやっただけ評価されないことに早く気付かないと病むんだよ

手技が上手くて、口下手で、終末期みたいな患者さんも家族さんもギリギリの雰囲気で病院に来てる人から苦情が多くて潰れかけた奴がね麻酔科にスカウトされたんだ
私の行ってた病院の麻酔科は割と唯我独尊タイプの医者が多いところでね
寝ながら麻酔かけてても管理さえしときゃ怒られない感じだった
でもまぁ変わった人が殊更多くて珍しくその年は勧誘があったのかなぁ
仮に山田とするか
山田はそんな感じで麻酔科に入局したんだ

ここからは麻酔科の描写は無い
麻酔科は私はあんまり興味がなくて回ってないし、救急やりながらなんちゃって麻酔科やらされてた位の経験しかないから書けないんだ
ただ術野に合わせて室温が決まってるから常にヒヤッとしてるのに、
モニターの心電図の音が規則正しいからめちゃくちゃ眠くなる科、って印象しかない

麻酔科にやたら横柄な外科医がその病院にはいたんだ
一人おかしなのがいると周りも雰囲気に流される
山田は知らん間に何となく、気付いたら皆から横柄に扱われて居たらしいよ
私は外科じゃないからさ、手術室にその頃行かなくなってたしね
時々持ってた患者さんの術日にタイミングが合えばついてったけど
チラッと山田を見ても声はかけなかった
大概手技中だったし、私も山田も下っ端だから無駄口叩く空気でも無かったしね

話は飛ぶ。
その頃私は後期研修で外に出されててほぼベースの病院に居なかった。
たまたまベースの病院の近くの飲み屋で研修医時代の一個下に出会ってさ
しんどいながらも同じ釜の飯食った仲みたいな懐かしさもあるのか声かけられた
田中にしようかな、田中。
田中に「先生！」ってね声をかけられた
私は人の顔を覚えられないし、白衣着てなきゃもっとわからんから
「ん？え？ああ」みたいなコミュ障丸出しの顔で対応してたら名乗ってくれてね
ちょっと流れで飲んだんだよ
一年上でも先輩は先輩だから奢るつもりだったし、向こうも奢られるつもりでね

そこであの人どうしてるみたいな患者さんのその後とか聞いてたら
田中と山田って田の字が一緒だからね、山田のこと思い出したんだよ
こういう思考回路が時々人にわからんって言われるし田中にも言われたけどさ
気になったら流れとかどうでも良いから聞きたくなるんだよね

んで、
「山田って麻酔科行った奴今元気？」
って聞いたら
「山田先生死にましたよ」って言われたんだよね
「明日の天気は雨ですよ」みたいな空気でね
あんまりにサラッとしてたから
「へーマジで。何で」って普通に聞き返したら
「麻酔科でプロポフォールちょっとずつくすねてトイレで隠れて打ってたら
　呼吸抑制来たかなんかで死んでたって聞きましたよ〜」
ってビール飲みながら言われたらさ
「あっそー、へ〜、やらかしやなぁ〜」
みたいなサラッと感で終わるしかない訳ですよ

人一人消えてもこれなんやなーってところが怖かったって話です

なんで山田はさ、あんなに真面目にやってきて便所で死んだんだろね
 

夢ですよ、夢
山田なんて知り合い居ないから大丈夫大丈夫

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＜注釈＞
プロポフォール：上記Wikiのリンクでも記載があるが、マイケルジャクソンが死んだ原因の一剤。１アンプルずつ私の居た病院では割って都度使用していた。（長期間の麻酔には瓶に入ったタイプもある）１アンプルは大概少し吸い残しが発生するため、記載量よりやや多い量の薬剤が入っている。吸い残しを集めればそれなりの量のプロポフォールは手に入れることが非合法的ではあるが物理的に可能である。