私はかなり人前に立つことを得意とする人間だと思う。その証拠に2つの委員会の委員長や部長を務めていた。そのような前に立っていた経験によって私は恥ずかしさを感じないスーパー人間になったのだ。そんな私が語る人前で堂々とする方法について。
なぜ恥ずかしい?
人前に立つのが苦手な人は恥ずかしいとか緊張するなど述べるが、私にはその考えは思考の持ちようによって楽になると考えている。そもそも、なぜ恥ずかしいのか。それは人間は何か失敗したり周りに迷惑をかける行動をとると恥ずかしく感じてしまう。しかし、周りに迷惑をかけるのは自分の責任だけで終われないので次に書く対策は通用しないが、失敗して自分の尻拭いができるのなら良いのではないか。なぜなら、もし失敗したら周りから笑われてしまうのではないか、バカにされるのではないか。と思って緊張し恥ずかしくなり100%の力を発揮できないようであればむしろ、失敗してもいいと開き直るべきではないか。その失敗も含めて楽しめばいい。それを次やらないようにすればいいだけだ。次に活かすことさえできればその失敗には意味がある。その心持ちが作れぬのなら、恥ずかしく感じないぐらいにまで準備を行うしかない。本気で準備したら恥ずかしさなんて感じないはずだ。それでも恥ずかしさを感じたらまだ何か自分の発表に心残りがあるということだ。そうしたらもう一度台本を見直そう。
数ヶ月前に私は自分の作文も全校生徒の前で読むことになった。流石に少し緊張し、前日に1時間ほど練習することにした。その練習が功を奏して、本番は緊張どころか清々しい気持ちで臨めた。
聴衆はカボチャと思え
これは意外と、使える。なぜ使えるのか。それは、カボチャというのは自分の発表やプレゼンを聞いていない物体に例えることで緊張の対象を減らし。実際に、聴衆は自分の話などさほど興味ない。言うなれば半数以上は集中して聞いていないだろう。そう考えるだけでも相当楽になる。発表中に緊張していくと、どんどん緊張の連鎖をしていく。これは楽ということにも関して同じで、楽に感じるとどんどん気が楽に感じられる。焦らずゆっくりと周りを見渡して、何を言うか頭で考えれば緊張なんて吹っ飛ばせるはずだ。
最後に
性格的に前に立つことができない人はいるだろう。そうでない人はこのやり方をやってみてはいかがだろうか。と言っても、緊張したり恥ずかしいのは少し無意識的な部分が多く、論理的な解決が図れないことが多々あると推測する。YES ..