この写真の花は芍薬(しゃくやく)といい、花言葉は「怒り・憎しみ」というらしい。最近知った知識を披露したかっただけだ。それでは本題に移ろう。
私は怒るもの怒られるもの非常に異常に酷く甚だ強く極端に嫌いだ。僕がどれほど嫌か伝わっただろう。なぜ怒るのだ、注意ではダメなのか、といった状況を何度も目にしてきている。怒るという概念そのものが嫌いだ。だから、怒る人はなおの事嫌いだ。学校の先生に呼び出されて昼休みを返上されて怒られた時は虫酸が走った。注意でいいような事を永遠と例を出され誇張された時はこの人は先生という職業が向いていないのではないかと思ってしまった。そんな私が怒られたくない理由について説明しよう。
そもそも起こるとは相手のミスなどが自分に飛び火した際などに「自分の保護のため」に感情をあらわにする行為と解釈している。そんな自分のエゴのために相手を怒る。ここまで愚かなことはないだろう。自分のムカついた、怒ったという感情を表に出す事すら恥ずべき行為と感じている。何より、論理的ではない。怒るというのは相手に一種の失望の念を抱いているという事だろう。なぜそいつに時間を割く?。相手のことを思って怒ることは必要だ。と思っている方に言う。貴方はエゴイスト(自己中心的人間)だ!自分が起こることを正当化し相手が悪だから怒鳴るなんてファニーでアグリーなことでしょう。そんなエゴイストの相手をする人を見るだけで気の毒に思ってしまう。それが10分20分の長さとなれば怒り者に対して反吐が出る。明らかに怒ることが相手への嫌がらせにしかなっていないからである。浅草に行った時のこと人力車の研修生が師匠のような人を乗せて練習をしていた。研修生は車が来ている時に次の行動が考えられず立ち止まっていた。師匠らしき人が口を開く、右へ早く曲がれと。この曲がった後が問題だ。すぐに判断せず曲がらなかったことに対して10分ほど怒鳴っていた。地図を見ながら聴いていたが、痛々しくてしょうがなかった。本当に相手のことを思うのなら怒るのではなく叱ってあげてほしい。
似たように思われがちなこの2つの言葉。実は全然違う。捉え方によっては真逆と言っていい意味を指す。
・怒る
腹を立てること。怒る。憤慨する。
・叱る
行動を咎めること。良い方向へ指導すること。
この言葉から分かるように、怒るには腹を立てていると言うことがある。このことから怒ると言うのは貴方の感情が先走った結果と言える。そして、叱るは怒るとは全く違い、良い方向へ指導することということが大きなファクターを占める。よって相手のことを思うのであれば叱れ。しかし、叱るというのは上下関係があって初めて成立する。上下関係がないのであれば諭してあげて。
私も委員長をしていたときに後輩に一人が〆切すぎても提出物を出さず、声をかけに行くと、え?知らなかったっす〜。と言われた時は流石にはらわたが煮えくりかえったが、先輩であり委員長である以上感情をむき出しにし後輩を怒るようではまだまだ青いと思ったのでここは寛容に。。寛容に。何も言わずに静かに教室を後にした。怖いね。