子どもは生命力の塊。
ころんでも、ぶつかっても、失敗しても、間違っても、なんとか生きようと立ち上がる。
最初から、諦め方を知っている子は居ない。
最初から、失敗を恐れて挑戦しない子は居ない。
諦め方を教えてしまったのは、
失敗しないようにしてしまったのは、
教育なのかもしれないと思う。
もちろん、未熟なだけに、心に正直であれば間違いも犯す。
けれど、自分で犯した間違いに気づいたものは、他人や何かのせいにはしない。
自分の未熟さを反省し、間違いから学び、次に活かす知恵をつける。
教育とは、本来、そういう彼らを信じて見守り、必要なときに手を差し伸べるもの。
教育とは手取り足とりやってくれるものではなく、自分自身で学んでいこうとする力を引き出すもの。
学校はそのための、環境に過ぎない。
時間割なんてなくていい。成績表なんてなくていい。
大人は風であればいい。
彼らの力を信じて、任せて、支える。
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2019.5.10.
自分の時間を奪われ続けると、
自分の人生に責任を持たなくなる。
いつも、他の何かのせいにして、他人の幸せすら許せなくなる。
自分の意志で挑戦し、失敗したことは、
誰のせいにもしない、その子の血となり肉となり、確実にその子を支える力になる。
その力を育むのが学校。
時間割から、子どもたちの時間を解放したい。