今日、乗換駅で偶然であった女はなんというか不思議な印象であった。それを運命の出会いというならば確かにそうだ。しかし、いわゆるロマンスというのとは随分印象が違う。むしろ、もっと痛切なというか、激烈なというかある意味衝撃的な出会いであった。思い切って言ってしまえば、もう一人の自分に出会ったような気がしたのだ。それは分身といって差し支えないものだった。
私はもう初老の域に達している男であり、出会った女性は可愛らしいふんわりとしたスカートの似合う若い女性であった。決して人目を引くような美貌の持ち主とまではいえないが、十人並みそれ以上の魅力をもった外見と、そこから感じられる雰囲気は確かに私とははるかに遠いものであった。二十代の前半で大学生か、卒業してまだまもないといった年頃だ。
しかし、説明は難しいのだが、彼女を見た瞬間から不思議な思いに取り付かれ、それが自分と同じ波長を発する存在であるということに気がつくまでにはそう時間はかからなかった。
私は彼女に家族を感じた。親戚というよりはもっと身近な存在だ。それは妹に対する感情に近いのだろうか。私には妹はいないのでわからないが、もしいたとしたらそうなのかもしれないと思った。だが、兄弟に感じる感覚にしてははるかに強いのだ。おそらく双子の兄弟ならばそんな感じもするのかもしれない。
それにしても白髪が気になってきた初老の私と、うら若きおそらく未婚の女性が双子であるなどと誰かに語ったとすれば、嘲笑されるか軽蔑されるかのどちらかだろう。あるいは憐憫のまなざしを向けられることになるかもしれない。
少し冷静なって事の顛末を整理しておこう。彼女は乗換駅で私の乗っている車両に入ってくると、私の座っている席とは反対側の席に座った。そしてごく自然に顔を上げた。そのとき、彼女の視線がこちらに向けられた。そして一瞬目が合った。その時に私のほうに衝撃が走り視線が凍りついた。彼女にも同じ現象が起きたらしく、数秒見つめあうことになる。その後、一旦そらした目をまたこちらに向けてきた。その表情ははじめはとてもこわばっていたが、徐々に緩んできて、しまいには穏やかなものになった。
次々に乗り込んでくる乗客のために二人の間は遮られ、喧騒のなかで通勤電車は出発する。朝の電車は話し声もほとんどない。大音量のイヤフォンからもれ聞こえるシンバル音や、モードの切り替えを忘れた者が鳴らす携帯電話の着信音がレールの立てる音とともに無言の空間に響き渡っていた。
私は彼女のことが気になってほぼ満員の人の重なりの向こうにいるはずの姿を探していた。残念なことに、駅に着くごとに増えていく乗客のために壁は一層厚くなるばかりだった。
多くの場合、視界から対象が消えることによって突発的な感情は収まるものである。ところが、今回はその遮断が一層感情を掻き立てる。少年の頃の幼い恋心のような、純粋に心が揺り動かされる感覚に直面したのである。
重い響きを立てて電車が出発し、レールの継ぎ目をこえる度に振動を起こし、それが乗客の関心から消えるほど繰り返される。スピードをあげた電車はやがて目標の駅をとらえるとブレーキをかける。人が運転するものであることを痛感するのはこの時だ。運転手によって明らかに減速の巧拙がでる。この日の運転手はかなりの経験者であった。なめらかな減速で駅に滑り込んだ。ドアが開くとひとかたまりの人々が降りて、その五分の一ほどの乗客が乗り込んでくる。これを繰り返していくうちに少しずつ客の数は減っていくのだ。
私はまるで思春期の少年のような気持ちになっていた。ちょっとした人々の動きに敏感になっていた。自分の鼓動が聞こえて来る気がした。