僕の祖母、父の母親は九十一歳になる。病院から歩いて実家に着くと、まず彼女の部屋へ行って、父の死を伝えた。すると少し痴呆が始まっている祖母は、口を開くと「わたし、まだ朝ご飯食べてませんねん」と言うのだった。
「自分でパンを焼いたら、こげてしまいましてん。バターもありませんねん」
間もなく寝台車が家に着き、二人の男が父の遺体を運び込んできた。
「すみません。足を持ってください」と声をかけられ、僕は父の脚を抱え持った。
今しがた臨終を迎えたばかりの父は、死後硬直もそれほど進んでいなかったため、葬儀屋も勝手が違ったのかもしれない。
「えっと布団を整えて」
「さあ、こっちへこの部屋へ」と母と僕、それに僕の妻がばたばたとしていると、廊下を祖母が走り回って「バターはどこでっか、バターありませんねん」と触れ回っている。
「はいはい。おばあちゃん。バターはここですよ」と妻が応対している。
葬儀屋は手早い動きで父の腹や、顔の周囲にドライアイスを添える。そして、オレンジを主調にした織物で体を覆うと、胸のあたりに守り刀を置いた。
遺体のすぐ隣で葬儀の打ち合わせが始まった。