蝶を放つ (3)

 今、その丸椅子の縁には、紋白蝶が一匹止まっていた。力なく羽を開いたり閉じたりしている。僕は地面にしゃがみこむようして、その蝶に顔を近づけた。蝶は芥子粒のような眼で、じっと僕の顔を覗き込んだ。と、次の瞬間には舞い上がった。そして、風に流されて上昇していき、すぐに見えなくなった。(小説本文・承前)

(この部分で、全体の中でただ一箇所だけ、編集者のクレームが付いた。僕は初め「蝶はグロテスクな眼で、じっと僕の顔を覗き込んだ。」と書いていた。編集者が「グロテスクな」とは主観的で中身のない言葉を勢いで書いただけに見えますので、工夫してください。と言った。カメラアイを失っている箇所を細かく見ている。有能な編集者だと思った。僕は「蝶は芥子粒のような眼で、じっと僕の顔を覗き込んだ。」と書き直した。編集はOKした。)

(蝶は世界中で、死と再生のシンボルとして扱われてきている昆虫だ。なぜなら蝶は完全変態の昆虫であり、幼虫から成虫になる間に蛹の中で液状化し、ひとたび死に、まったく異なるものとして生まれ変わる。)

(エリザベス・キューブラーロスは、『死ぬ瞬間』の中でアウシュビッツの収容所で死を予感した子どもたちは壁に無数の蝶を落書きしていたと書いている。しかし、実際にそこに行った友人はそんな落書きはなかったと言っていて、真相はわからない。)

(エベン・アレキザンダーは、その著『プルーフ・オブ・ヘブン』の中で死後の世界に現れた無数の蝶について言及しており、その本の表紙にも綺麗な蝶が描かれている。私が『蝶を放つ』を書いたのは『プルーフ・オブ・ヘブン』を読む前である。表紙担当の高須賀優さんに僕がいくつか注文をつけようとすると編集者はこういった。「高須さん自身末期癌でこれが最後の仕事かもしれないと言って一所懸命描いている。本の中身は読んで書いているから、全部任せてもらえませんか」末期癌という言葉に気圧されて私は「わかりました」と言った。彼が書いてくれた表紙は『プルーフ・オブ・ヘブン』同様、蝶にあふれているが、異なるのは美しい蝶だけではなく、ありとあらゆる蝶があるがままにそこにいることだ。それは僕が真に望むところだった。)

(「蝶」というシンボルについては、今後も、有料小説の無料部分にエッセイ風に書いていく。最終的にそれを小説の形に昇華したのが『蝶を放つ』なので、興味をもやれた方は小説も読んでみてほしい。)

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2019/06/10 17.77 ALIS 0.00 ALIS
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  • あび(abhisheka)
  • @abhisheka
10代より世界放浪。様々なグルと瞑想体験を重ねる。53歳で臨死体験。31年の教員生活を経て現在は専業作家。https://note.mu/abhisheka
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