(小説って総合的な表現やから、一編の小説は常にカテゴリーを横断している。この部分は「子育て」に関連するかもと思ったので、カテゴリーを旅してみる。)
息子が胎内にいたときの話である。
妻は悪阻がひどく、精神的にも不調が続いていた。えんえんと続く不機嫌な顔。
時折りのヒステリー性の発作。人に伝え聞いた以上のマタニティ・ブルーだった。
こちらも仕事が忙しい上に家庭では妻の気分に翻弄され、精神的に追い詰められていった。
その夜も妻はずっと沈んだ表情をしていた。そんな妻の顔を見、ため息を聞いているだけで、こちらまで気分が滅入った。
突然「ラーメンが食べたい」というので炊いてやると、目の前にどんぶり鉢が置かれてから「やっぱりいらない」と言う。「りんごにする」と言うので、剥いてやると「やっぱり擦ってくれ」というので、大根おろし器で擦ってやった。だが、これにもほとんど手をつけず、先に寝具に入った。
僕は台所を片付けてから、寝室に戻って疲れた体を横たえた。妻はその隣で大きなお腹を上に向けて、うっすらと口を開けて眠っている。
うとうととしかけた頃、妻が何かにうなされて「もう、いやっ!」と叫んだ。
僕は、眠りの中に「落ちる!」という瞬間にはっと気がついて、ふとんにしがみついた。慌てて上半身を起こし妻を見るともう静かな寝息を立てている。