捜し物をしているといくらでも古い発表物が出てくる。サンディエゴに住んでいた頃、LIGHT HOUSE の父の日投稿スペシャルに応募した原稿が出てきたので、子どもの方から見た親として、教育・子育てカテゴリーに投稿しよう。
「自転車の思い出」
約三〇年前(執筆時点から遡り1960年代を指す)、
父は自転車を買った。
とても嬉しそうだった。
日曜日のたびに磨いていた。
五歳の僕を後ろの荷台に跨がらせて
遠出した。
ある日、父は自転車に僕を乗せて歯医者に行った。
治療が終わって出てくると、自転車は盗まれていた。
父は肩を落とした。
二人で交番に行き、届け出をした。
「出てきますかね」
と父が尋ねると、おまわりさんは
「難しいですね」と言っていた。
二人でトボトボ歩いて帰った。
その後、運転免許をとった父は親戚の車を借りて乗るようになった。
1970年に郊外に引っ越したときには、やっと自分のカローラを手に入れた。
それから何度も車を買い換え、そのたびに車のグレードはアップしていった。
まるで日本の経済成長に合わせるように。
だが、今でも僕は父のシーマの動く応接間のような座席に乗るとき、ふとあの自転車のことを思い出す。
「あの自転車の荷台に座っていたときが一番幸せだったな」と想う。
そして自転車を盗まれて二人でトボトボ歩いて帰った夕暮れに、
一番親子の絆を感じたような気がする。
日本人の多くがそうなのかもしれないが、きっと父と僕もまた、「多くの物」を得て、「何か」を失ったのだ。