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蝶を放つ (7)

あび(abhisheka)'s icon'
  • あび(abhisheka)
  • 2019/06/14 04:53

 蝶のシンボリックな意味合いについての話を少し続ける。「パッチアダムス」は無料診療、小児科でのクラウン姿での笑わせ楽しませる診療などで有名な実在の医者。僕は彼の来日の際、会ったこともある。

 ロビン・ウィルアムズ主演で映画にもなった。

 映画の中、理想的な医療を追求していたパッチに心酔していたカレンは、精神病患者からの「すぐ来てくれ」というSOSに応えてひとりで訪問する。人を信じ、寄り添うことが大切であり、そうすれば癒やし合いが起こるというパッチの信念を共有していたのだ。 

 しかし、カレンは訪問先でその男性に殺害される。

 この事件を知ったパッチは自分のせいでカレンが死んだと苦しみ、何もかも間違っていた、こんな医療はやめよう、そしてカレンの後を追って死のうと崖っぷちに立ち尽くす。

 その時、一匹の蝶が現れ、パッチの周囲を舞い続け、ついには指に止まる。

 映画では何のナレーションもなく、そのシーンが映されるだけだが、蝶と見つめ合ったパッチはやがて表情を明るく好転させる。

 カレンが死と再生を経たと確信したのである。背景にはキリストの復活などの宗教文化が横たわっている気がした。

 このシーンでも蝶はまさしく死と再生のシンボルであった。パッチは自らの信念に自身を取り戻し、理想的な医療の追求という道を歩み続ける。



(今日の『蝶を放つ』小説本文)

 

 小さな川に極楽橋という名の橋がかかっていて、小型バスがそれを渡ると火葬場の敷地に入ったようだった。あたりは、こんもりとした木立になっている。
 火葬場では、すぐに棺桶は炉の中にスライドされ、鉄の扉が閉じられた。簡単に手を合わせると、またバスに乗り、精進落としの食事をするために葬儀場に戻ることとなった。
 木立の中をバスが走り、極楽橋のたもとに戻ってきた時だった。バスの窓の外にくるくると舞う蝶の群れがあった。僕が指さすと弟も目をこすって見ている。蝶の群れは、つむじを巻きながら河原の石の上を乱舞していた。そして、群の形のまま川上へ移動していく。やがてバスが橋を渡ってカーブを切ると見えなくなった。

 葬儀場の食堂で食事しようという段になり、そこにいる者と、料理の席の数が合わないことに気がついた。
 そのことで僕と母が揉めていると、様子を察した友子さんが、さっと姿を消した。
 自分は数に入っていなかったようだと悟ったのだ。葬儀場の料理長が現れ「追加できます」と言う。人数を数えなおして、追加注文する。
 料理を待つのは、僕と母と弟ということにし、皆には先に食べてもらうことにした。母が友子さんを呼びに行った。階下のロビーでどうやらその姿を見つけたようだった。
 食事を終えると僕は、急に便意を催した。会場のトイレにしゃがみこみ、用を足してから立ち上がると、軽い立ちくらみが来た。疲れが溜まっているのかもしれなかった。額を押さえながら、廊下に出た。
 廊下の片隅に佇んでいると、古い記憶が蘇ってきた。

 学生の頃、インドを一人で貧乏旅行していたときのことだ。僕はベナレスに滞在していた。ガンジス河のほとりには、いくつもの火葬場があって、毎日のように死体が焼かれていた。
 ひりつくような陽射しの中、その様子を見学しに行った。現地のインド人がやってきて、「見学料を払え」とインド訛りの英語で話し掛けてきた。関係者ではなさそうなので、無視していると「キルユー、キルユー」と喚き始めた。どうやら殺すぞと言っているらしかった。そのうち、ほかにも白人の見学者などが集まってきて、こっちの人数が多くなると、インド人は諦めて、どこかへ行ってしまった。
 単純な木組に燃えやすい木っ端が振りかけられる。そこに布でくるまれた死体が運び込まれ、安置された。その上にさらに木っ端がふりかけられ、木枠が組み立てられる。何層もの木っ端と木が、万便なく死体を燃やすよう工夫されているようだった。
 火を放たれると、乾燥した木っ端はめらめらと燃え、瞬く間に木の枠組にも燃え移った。木はぱちぱちと音をたててよく燃えた。燃え尽きた木がぐらっと揺れると、死体もぐらっぐらっと揺れた。近くで見ていると炎が頬に火照って、とても熱かった。
 ある瞬間になると、死体の脚が急にぐわっと持ち上がった。炎で脂が焼け、筋肉が縮んだために起こる現象らしかった。
 炎に舐められて、焼け縮れていく死体を見ていると、死んでいくというのは、こうやって世界に溶けていくことなのだなと思えた。映画のフィルムが燃えるように、ひとりの人物の人生の記憶そのものが、めらめら燃えて溶けて消えていくのだなと感じられた。そのことは少し淋しいことのようにも思えた。が、一方、この上ない解放感を伴う悦楽のようにも感じられた。
 今、父の遺体もあのようにして燃えているのだろうか。頬を炎が舐め、じりじりと肉が溶け、骨が現れ、黒焦げになった肉ががさりと落ち……。目を閉じるとその光景が見えるようだった。
 僕の頭蓋の暗闇の中で、父の体はめらめらと燃えている。細胞のひとつひとつがふつふつと泡立ち、気化しては空気中に舞い上がる。その陽炎の中に無数の透明な蝶の姿が見えた。蝶たちは淡い虹色に耀きながら、次々と揺らめき舞い上がる。そして乱舞しながら、空に吸い込まれていく。
 やがてその空から、蝶の鱗粉がさらさらと降ってきた。無数の細かな粉が鋭い光を放ちながら風に舞い、地上に降りそそぐ。

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  • あび(abhisheka)
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10代より世界放浪。様々なグルと瞑想体験を重ねる。53歳で臨死体験。31年の教員生活を経て現在は専業作家。https://note.mu/abhisheka

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