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薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である

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  • あび(abhisheka)
  • 2019/05/13 03:37

薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である(Rose is a rose is a rose is a rose)                  ガートルード・スタイン

私の瞑想の師匠OSHOがしばしば引用していた言葉です。
なんだか禅問答みたいだといつも感じるのですが、あるがままの存在にはっと本当に覚醒した瞬間の「存在驚愕」を表現しているのだと思います。
日本人としては、芭蕉の発句ほどはすぐれてないと思いますが、一応、そういうことだと思います。
ちなみに「松島やああ松島や松島や」が芭蕉の句であるというのは伝説で実際は異なります。
そんな野暮なことは芭蕉は申しません。

とにかく薔薇は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である存在驚愕は、詩にするに困難で健闘した人のひとりにはライナー・マリア・リルケがいると思います。その詩は最後に付すとして今朝私がスマホで撮影した薔薇を紹介することが、私の精一杯の「存在驚愕」の表現です。

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 薔薇  ライナー・マリア・リルケ

     Ⅰ

幸福な薔薇よ、おまえのすがすがしさが
ともすればわたしたちをこんなに驚かすのは、
おまえがおまえ自身のうちで、うちがわで、
花びらに花びらを押しあてて、やすんでいるからなのだ。

全体はすっかり目をさましているのに、その奥のほうでは
ねむっている、――ひっそりとしたあの心臓の
やさしさはかずも知れず、ふれあい、折りかさなって、
はずれの口もとまでつづいて。

     Ⅱ

わたしはおまえを見る、薔薇よ、なかばひらかれた本、
幸福を細叙する
そのページのかずはあまり多すぎて
よみきれそうにもない。魔術の本、

それは風にめくられて、たぶん
目をつぶったままよめる本……
そこから蝶々が、みんな同じおもいをして、
はずかしそうにして出てくる本。

     Ⅲ

薔薇よ、おお、おまえ、この上もなく完全なものよ、
無限にみずからをつつみ、
無限ににおいあふれるものよ、おお、やさしさのあまり
あるとしもそこにみえぬからだから咲き出た面輪(おもわ) よ、

おまえにあたいするものはない、おお、おまえ、さゆらぐ
そのすみかの至高の精よ、
ひとのゆきなやむあの愛の空間を
おまえの香気はめぐる。

     Ⅳ

おまえがその萼(うてな) をいっぱいにするようにと
しむけたのはしかしわたしたちだ。
そんな手くだにそそのかされて
おまえの豊かさはそれをしてのけた。

おまえはじゅうぶんに富んでいた、――ただひとつの花で
百たびもおまえ自身となるために。
それは愛するものの在(あ)りかただ……それにしても
おまえはそのことしか考えなかった。

     Ⅴ

気ままさが気ままさにつつまれ、
やさしさにやさしさがふれて……
それはまるでおまえの内部がたえず
みずからを愛撫してでもいるかのようだ、――

みずからのなかでみずからを、
みずからの影に照りはえながら。
そんなふうにしておまえは、ねがいを聴きいれられた
ナルシスの話をつくりだす。

     Ⅵ

一輪の薔薇、それはすべての薔薇、
そしてまたこの薔薇、――物たちの本文に挿入(そうにゅう)された、
おきかえようのない、完璧(かんぺき)な、それでいて
自在なことば。

  この花なしにどうして語りえよう、
わたしたちの希望のかずかずがどんなものだったか、
そしてまたうちつづく船出のあいまあいまの
ねんごろな休止のひとときがどんなものだったか。

     Ⅶ

目をつぶって、そのうえに、
ひんやりとしてあかるい薔薇、おまえを押しあてていると、
まるで千のまぶたをわたしのこの
ほてったまぶたのうえに

かさねてでもいるようだ。
千のねむりをのせたこの擬態のしたで
わたしはゆきつもどりつする、
かぐわしい迷路のなかを。

     Ⅷ

あまりにもいっぱいな夢で、
泣き女のように濡(ぬ)れて、
うちがわは幾重とも知れない花、
おまえは朝になると身をかがめている。

ねむっているおまえのやさしい力は、
なにをねがうともさだかでないままに、
あの、頬(ほお)とも乳房ともみえる、さまざまな
あえかな形をひろげてゆく。

     Ⅸ

薔薇よ、熱烈でしかも明るいもの、
聖女ローズの遺骨匣(ルリケール)
とでもいえそうな……きよらかなはだか身の
あのなやましい匂(にお)いをただよわす薔薇。

もはや誘われることもなく、むしろ身うちの
平和にとまどう薔薇、エヴァからも、またそのはじめての
おそれからも遠くはなれた、最後の恋びと――、
かぎりなく喪失を所有する薔薇。

     Ⅹ

だれひとり居残ってくれるものもなく、せつなさの
やりばもないときの女ともだち、
身ぢかにいてもらうだけで愛撫が
あたりにただようかと思われる慰め手。

ひとが生きる望みを捨て、既往と未然とを
ともどもに否認したりするとき、
ひとは忘れてはいないのだろうか、わたしたちのかたわらにあって
その妖精(ようせい)のわざをはげむこのまめやかな友を?

     ⅩⅠ

おまえの存在がわたしには、まどかな薔薇よ、
こんなにもよくわかる、
わたしの同意がおまえを、わたし自身の
祝祭のこころかと見まごうまで。

わたしはおまえを呼吸する、まるでおまえが、
薔薇よ、全生命ででもあるかのように、
そしてわたしは感じる、自分こそこの女ともだちの
またとない友なのだと。

     ⅩⅡ

だれをおそれて、薔薇よ、
その棘(とげ)をあなたは
そなえたのか?
あまりにもこまやかな
あなたのよろこびが
かくも身をかためたものに
あなたをしたのか?

だがそのおおげさな武器はあなたを
だれから護ったか?
そんなものを物ともしない
どれほどの敵をわたしは
あなたから除いたことか。
それなのに、夏から秋へと
ひとがあなたにする心づかいを
逆にあなたは傷つける。

     ⅩⅢ

薔薇よ、わたしたちのまのあたりの歓喜の
ひたむきな伴侶(はんりょ)であることをおまえはえらぶのか?
それとも、幸福があらたにそこに訪れているときに
ひとしおおまえをとらえるものは思い出なのか?

幸福そうに、しかもひからびているおまえを、いくどとなくわたしは見た、
――花びらのひとつびとつが死のかたびら――
におう小函(こばこ)のなかで、ひとふさの髪のかたわらに、
またはひとがひとりして読みかえすだろう遺愛の本にはさまれて。

     ⅩⅣ

夏、――いくにちかを
薔薇たちの同時代者となる、
かの女らの花ひらくたましいのめぐりに
ただようものを呼吸する。

散りかける花のあるたびに
心をうちあけて語りあう、
そして残る薔薇たちのなかにはいない
その姉妹を見送る。

     ⅩⅤ

たったひとりで、おお、豊満の花よ、
おまえはおまえひとりの空間をつくる。
においの姿見におまえはその
姿を映す。

おまえの香(か)は別の花びらのように
咲きあふれるおまえの萼(がく)をつつむ。
わたしはおまえを引きとめる、おまえは全身をひろげてみせる、
非凡な女優。

     ⅩⅥ

おまえを語るのはよそう。おまえはもともと
えもいわれぬものなのだ。
ほかの花はただ卓をかざる、
おまえはそれを変容する。

ひとはおまえをありきたりの花瓶(かびん)に生ける……
するとなにもかも見ちがえるよう、
それはたぶん同じふしなのだが、
天使がうたったのだ。

     ⅩⅦ

おまえのなかに、おまえ以上のもの、おまえの最後の精を
つくり出すのはおまえなのだ。
おまえから湧(わ)き出るもの、このなやましいばかりの胸さわぎ、
これがおまえの舞いだ。

花びらがみな心をあわせて
風のなかに幾歩かの
目に見えないかぐわしい
あしぶみを踏む。

おお、その足並みにとりまかれた、
目の音楽、
おまえはまんなかで、
ふれようのないものになる。

     ⅩⅧ

わたしたちの心を打つどんなことにも、おまえはあずかっている。
しかもおまえの身におこることは、わたしたちにはわからない。
おまえのページを全部読もうとすれば
百ぴきの蝶になることが必要だろう。

おまえたちのなかにはまるで辞書のようなのがあって、
摘み手はその分厚な花弁を
製本に出したくなるくらい。
さてわたしの好みは書簡風の薔薇。

     ⅩⅨ

おまえはおまえを手本としてさしだすのか?
ひとは薔薇のように満たされることができるのだろうか、
最初つくったその微細な物質を
殖(ふ)やしてゆくだけで、なにもしないで?

なぜなら薔薇であること、それは
働くことではないのだろうから。
神さまは窓からそとを眺めながら
家をお建てになる。

     ⅩⅩ

言っておくれ、薔薇よ、これはまたどうしたわけか、
おまえ自身のうちにかこわれている
おまえのそのものしずかな精が、
散文のあの空間に、あんなに
空気を浮き立たせるのは?

空気は、いつもなにかしら物に
突きやぶられることを求めるのだ。
それをしてくれるものがどこにもないと、かれは仏頂面をして、
萎(しお)れてしまう。
ところがいまおまえの肌のめぐりでは、
薔薇よ、空気がおどりだす。

     ⅩⅩⅠ

おまえはそれで目まいがしないのか、まんまるい薔薇、
みずからを限るために、みずからの茎のうえで、
みずからのめぐりをくるくるとまわりながら?
しかしおまえ自身の熱望がおまえのうちにあふれるとき、

おまえはもうわからない、蕾(つぼみ)のなかのおまえ自身が。
それは環(わ)になってまわるひとつの世界、――
しずかなその中心がついに
薔薇いろの輪舞のまるい静止となるまで。

     ⅩⅩⅡ

おまえたちはまたあの
死者たちの住む地下から生れ出る、
薔薇よ、おまえたち、
金色の一日へと
このあらがいようのない幸福をはこぶもの。
うつろなその髑髏(されこうべ)が
これほどの幸福をついぞ知らなかったひとびと、
かれらはこれをゆるすだろうか? 

     ⅩⅩⅢ

ひどく遅れてくる薔薇、はやきびしい夜が
そのあまりにも星めくあかりでゆく手をはばむ薔薇よ、
おまえに想像がつくだろうか、おまえの夏の姉たちの
あのやすやすとまどかな怡(い)楽が?

いくにちもいくにちものあいだ、わたしはおまえが
きつすぎるそのコルセットのなかでためらっているのを見る。
生まれようとしつつ、死の緩慢さを
さかさまにまねる薔薇。

おまえの無数の状態はおまえに教えるだろうか、
すべてのもののまじりあう混沌(こんとん)のなかで、
わたしたちの知らない、あの虚無と存在との
えもいわれぬ和合を?

     ⅩⅩⅣ

薔薇よ、おまえをそとに残しておかなければならなかっただろうか、
愛する高雅な薔薇よ?
運命がわたしたちのうえに竭(つ)きるところで、
薔薇はどうするだろう?

回帰はないのだ。見よ、おまえもやっぱり
わたしたちとともにしているのだ、狂おしいまでに
このいのち、この同じいのちを、――わたしたちは
おまえと同年ではないけれども。

『新潮世界文学32 リルケ』(新潮社、1971年)より『薔薇』(山崎栄治訳)

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10代より世界放浪。様々なグルと瞑想体験を重ねる。53歳で臨死体験。31年の教員生活を経て現在は専業作家。https://note.mu/abhisheka

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