『なつぞら』令和のビジネス感覚が魅力

2019年上半期のNHK連続テレビ小説『なつぞら』が佳境を迎えています。戦災孤児の少女・奥原なつ(広瀬すず)がアニメーターを目指すドラマです。連続テレビ小説第100作目であり、平成最後で令和最初のテレビ小説という記念碑的な作品です。昭和の時代が舞台ですが、令和初のドラマらしく令和らしさが魅力です。

 

北海道編の評判が良かったために東京編に入ってから批判が目立ちますが、むしろ令和らしさが出ていました。第9週「なつよ、夢をあきらめるな」では兄の咲太郎(岡田将生)の失敗が描かれます。やる気を経営者に見せるために「命をかけます」と発言します。これに対して経営者は「命をかける必要はない」と答えました。使用者の安全配慮義務を踏まえれば当然の反応です。過労死事件のような悲劇を避けるためには必要なことです。

 

これが不採用の理由と推測されました。命を懸けるという暑苦しい昭和マインドの熱血は逆に迷惑です。昭和の熱血マインドが通用しないという令和らしいドラマです。時代劇が「ちょんまげを付けた現代劇」と呼ばれるように当時の時代感覚を描くことだけが時代物ではありません。昭和のモーレツな現実を見せられても、21世紀のビジネスパーソンは爽やかな一日を送れないでしょう。

 

6月1日の放送では、何でもできる人が何者でもないと評されました。器用貧乏です。何事かをなすには選択と集中、あれかこれかの選択が求められます。昭和的なゼネラリスト志向への皮肉です。これも21世紀的な感覚です。

 

終盤は、なつの直面する子育ての課題が現代のワーキングマザーに重なります。ところが、周りが主人公を盛り立てて助けてくれる御都合主義的な展開が散見されます。9月21日の放送では子どもの世話のために家政婦を雇おうかと思っていたところに柴田富士子(松嶋菜々子)が上京します。

 

なつには奥山玲子さんというモデルがいます。現実の奥山さんは労働争議で女性が働き続けられるようにしました。それを踏まえると『なつぞら』の展開は噴飯ものです。エンタメ作品だから労働争議が描けれないということはありません。大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』第22回「ヴィーナスの誕生」は東京府立第二高等女学校の女学生の教室立てこもりを描きました。

 

それでも奥山さんの労働争議をドラマでなぞることは難しいと感じます。奥山さんの問題は当初、労働組合からは個人的な問題として切り捨てられました。労働組合は多数派である男性正規労働者の労働条件の向上しか考えていないためです。

 

これは21世紀になっても指摘される現実です。個別の問題として切り捨てられた怨嗟が現役世代のリベラル勢力への敵意になっています。綺麗ごとを掲げるが、自分達の既得権を守りたいだけでないかと。奥山さんのように個人的な問題と切り捨てられながらも、それでも労働組合で頑張るというアプローチを21世紀の人々に期待することは酷ではないでしょうか。

 

また、9月21日の放送では牧場を機械化することで人を増やさなくても生産性を上げられるとの発言がありました。21世紀も人手不足や働き方改革をRPA(Robotic Process Automation)やDX(Digital Transformation)で解決しようとしています。

 

最終週「なつよ、あっぱれ十勝晴れ」では台風が十勝を直撃します。柴田家は停電になり、牧場設備がストップしてしまいます。2018年の北海道胆振東部地震と2019年の台風15号が重ね合わされたような事態です。機械化されたことが裏目に出た、それを人々のつながりで何とかするという昭和的な結末で終わらせるのでしょうか。それは伝統的な朝ドラ視聴者層には心地良いかもしれません。しかし、ここまで21世紀らしさを出してきたのですから、令和のビジネス感覚を期待する気持ちがあります。

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2019/09/21 3.56 ALIS 0.00 ALIS
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  • 林田力
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ノンフィクション『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』著者。マンション購入トラブルを消費者契約法の不利益事実不告知で解決しました。https://twitter.com/hayachikara
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