何かを始める時、目的を持ってやる人もいればなんとなくやり始める人もいる。僕も目的を持って始める時も有れば、なんとなく始めることはある。例えば大学に入ってジャズピアノを始める時は「これで食べていきたい」と明確に目標を持っていた。
一方で最近生配信のジャズカフェでやっているコーヒーは目的を持ってやっていない。コーヒーをそのものを楽しんでいる。器具を自分で探すのも楽しいし、知らないからこその会話をとても楽しい。
これらは僕の中では全然矛盾していない。してもいいんだけど。なぜかしていない。ゴールを持つ、持たない、はそこまで問題ではなくプロセスとゴールをどのような関係性で捉えてるかの方が大事なんでは?と思ったので今日はこれについて頭の整理に書いてみたいと思う。
目的を持つならそこに向かって最短でいけることに越したことはない。コンサートで一曲吹きたい、将来カフェを開きたい、美容師になりたい。どんなものでも1番効率的にいけるプロセスならなお良い。
ここはやりたいことに向けて進む、ということ。この道を未経験で走る場合、最初の基本的な学びの答えを教えてもらった方が早い部分は、今ではYouTubeで無料でも学べるが教えてもらった方が誰でも学べるので最適だ。
その後自分で考える方向へと適切に舵を切れるが望ましい理想の流れだ。
なお、この流れは何かでやらされているものは含まない。あくまで自分で目的を決めた場合の例による。
目的を持たない、なんとなく始めている人の場合、プロセスそのものを楽しむのが1番最適だ。目的がなく、それでもなんとなく惹かれてやってみたわけだから、それをやる事そのものが楽しみになるのが理想だ。
以前にも書いたが自分で決めて自分で試すことができるというのは最高の自由であり、江戸の刑罰なる本もあるが、刑罰の全ては自由を奪うことにある。
そういった意味では答えを教えてもらうのは学びの自由を奪うことになる。自分で考えたり試したりするのはこれからの必要なスキルになる昨今、目的を持たない場合にも限らずとても大事な学び方だ。
僕はコーヒーは、何を使って入れれば良いのかわからないところから自分で調べたりして器具を買い始めた。
後に知ってる人に聞くと、コーヒーミルはこれが1番だよ、教えてもらったが、僕はその答えを教えてもらう間に、自分でずいぶん調べたり足を運んだりしたのでそれ自体も知っていた。なによりその他の様々な価格帯のコーヒーミル、特性、情報発信をしている人、それに付随したコーヒー情報、歴史からさらなる情報へのアクセスなどなど。
さらにはそれらの体験を人に話すことにができる話題などなど、その人の答え一言でこれら多くの体験と学びと自分の意思決定全てを失うことになっていた。僕はこの時の調べたことがコーヒーを自分で考えれるきっかけになっている。
そのためなんとなくやっている場合に答えを教えもらうのはとても危険だ。答えはこれ、これ、と教えてもらってると自分が何をやっているのかわからない。これではせっかくなんとなく始めたのに意味がわからなくなる。
もちろん流れの中で知り合った人におすすめを教えてもらったりするのは良い。例えばかになるコーヒーショップでおすすめの豆を教えてもらったがなど。その後自分で試したり調べたりして意思決定すればいい。
ゴールがある場合はわかりやすい。目的に向かって一直線。答えが分かる部分はサクッと学び、その後自分の学びにうつる。つまりは考えて試すの繰り返し。一歩目を踏めば自然と二歩目は出るので基礎を学んだら次は自分の一歩だ。
ゴールがない場合は、プロセスを楽しむというスタンスをとる。というかこれが最高に楽しい。日常的にこういったことは実はたくさんあったりする。
僕はコーヒー豆を買う時に店員さんから「挽きましょうか?」といわれると必ず「結構です」という。本当は一手間減るし、なんなら高い機材を使ってるのでそっちの方が美味しかったりもする。でも違う。僕はコーヒーに目的はない。だから豆を挽く作業をしたいのだ。
自分がなんとなく好きなことで「作業がある」というのはとっても幸せを感じる。
自粛期間がなければこれに気づかなかったかもしれない。いつもなんとなくやっていたものが時間に追われ必要に駆られてやらなければいけないことに変わっていたりして、その作業が面倒になったりする。
イメージしてみる。天気の良い日。青い草原。きれいな湖。僕は絶対洗濯をしたい。
なんなら庭に干すところを作るところからやる。きれいな服を着るのは気持ち良いし、それをするために天気の良い日に服を洗って干すのは楽しい作業だ。
掃除も良さそうだ。部屋を片付ければ気分が良くなる、ただそれだけでインセンティブが働く。自分がそうやってなんとなくやってみたいと思った作業で過ごすのはとっても幸せなことだなと思う。
しかしこれが、時間に追われたりすると、別に少しくらい汚れてても、部屋が片付いてなくても今の忙しさで片付けることで得られるメリットは少ない、だからしない。やらねばいけない場合はなるべく効率的にはやく終わらす、などに変わる。つまり目的ができるとはやく終わらせる。
ゴールのある無しを意識するだけでこれくらいの違いがでる。だからゴールのある場合は答えを教えてもらい徹底的に効率的に、ない場合はそのプロセス自体を答えを教えてもらわずに自分で楽しむ、というのが1番自分でしっくりくるなぁと思った今日この頃でした。
◯ゴールがある場合は答えを教えてもらい、最短で向かう。
◯ゴールがない場合は、答えは教えてもらわずに自分でプロセスを楽しむ
◯あくまで自分でなんとなくでもやりたいと思ったことのみ。やらされていることには当てはまらない
毎日ジャズピアニスト。毎朝6:30〜コーヒーとジャズと演奏生配信。演奏動画にテキスト解説。みてるだけで音楽教養かも。かねこのジャズチャンネル。チャンネル登録よろしくね(✿︎´ ꒳ ` )↓
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毎日ジャズピアニストかねこ