Virgil Griffith 逮捕に関する所見

Ethereum Foundation（イーサリアム財団。以下「EF」）のリサーチサイエンティストVirgil Griffith 氏（以下 Virgil氏）が米国政府に逮捕・告訴されました。

Yudai Suzuki さんがこの件について Twitter で連続投稿しています。

星 暁雄 さんも日本語で情報をまとめています。

本件に関する情報はこの程度にしておいて、私の所見を述べます。なお、以下事実を前提としているので、事実関係に誤りがありましたらコメントまたは Twitter で教えていただけると幸いです。

1. Virgil氏は誰にも強制されず、自由意志で北朝鮮に渡航した。
2. Virgil氏が Ethereum Foundation のリサーチャーであることは広く知られていた。
3. 米国政府は「北朝鮮の暗号通貨カンファレンスに出席して制裁回避に使える技術を伝えた疑い」で同氏を逮捕した。

先に要約を書くと「Virgil氏およびEFは強く批判、米国政府に関しては意見保留」です。以下の方の意見に近いです。

米国政府に関して

Virgil氏の容疑の真偽は別として、本件逮捕によって少なくない数の優秀な暗号資産関係人材が米国から去る可能性があります。「政府に気に食わないと思われたら、容疑をでっちあげられて逮捕される」「政府による暗号資産・ブロックチェーンの弾圧である」と考える人も現れるでしょう。逮捕の根拠法である International Emergency Economic Powers Act の適用領域は北朝鮮だけでなく、イラン、イラク、ロシア、シリア、ベネズエラなど他の国も多く含まれているからです。

有罪とできる証拠が揃っており、かつ国防上の理由で詳細な情報を開示できなかったとしても、米国の暗号資産業界に与える影響は深刻でしょう。この対応が妥当だったかどうかは、互いの主張と、それを根拠ずける証拠が裁判によって十分に開示されなければ判断しかねるので、現段階ではこれ以上のコメントができません。

Virgil氏に関して

北朝鮮に行くべきではなかった。行くとしても、EFの肩書を完全に外して、純然たる個人として行くべきでした。米国籍を持ちつつ北朝鮮に行くということがどういうこかわからないというのは、一人の成人として常識に外れた無責任な行為です。リスクを理解していたとしても、イーサリアムのコミュニティやEFを巻き込まないように名実ともに完全な個人として行くべきでした。

私が北朝鮮に行く場合は、暗号資産系の職は事前に全て辞します（そもそも今の情勢で行くという選択を私は絶対にしませんが）。もし私が北朝鮮のスパイだと疑われようでもしたら、その真偽に関わらず私が所属する暗号資産系の組織のメンバーに迷惑をかけるのは確実です。もし事件化されたら規制が強化されて業界全体に迷惑をかける可能性もあります。下準備せずに漫然と北朝鮮に向かうことはありえません。

以上のことは、成人が有する一般的な知能、常識、政治感覚および責任感があればわかるはずですし、しないはずです。一般人よりはるかに知能が高いVirgil氏がそのような愚を犯すとは呆れてものが言えません。

なお、私は彼が犯罪を犯したことを批判しているのではありません。推定無罪により、それは現段階で判断すべきではありません。私が批判するのは、彼の立場・状況で訪朝したという事実です。

EFに関して

甚大な管理責任があると考えます。自分の組織に属する米国籍を持つ人物が、北朝鮮に渡航するのを事前に静止しないのはリスク管理能力が全くないと言われても仕方がありません。「EFとイーサリアムは別のもの」と抗弁しても、一般人と米国政府はそうは考えないでしょう。イーサリアムコミュニティ、ひいては暗号資産業界全体を巻き込んで被害を生じさせた責任は重いです。

しかし、EFはVICEの記事で、以下の通りステートメントを出しています。

"The Foundation is aware of the recent charges filed against Virgil Griffith," the statement said. "We can confirm that the Foundation was not represented in any capacity at the events outlined in the Justice Department’s filing, and that the Foundation neither approved nor supported any such travel, which was a personal matter. We are continuing to monitor the situation as it develops."

EFは本件渡航に関して、支援も承認もしていない。従って本件訪朝は「個人の問題」だそうです。もしかしたら訪朝の事実すらEFメンバーの誰も関知していなかったかもしれません。その場合これは正当な主張でしょうか。

Virgil氏は以前からIT業界では有名人でした。2003年のベンダーとの訴訟の和解を始めとして、彼の行動はこれまで様々なメディアで報道されてきました。Wikipediaの記事も2007年に初版が作られており、10年以上前です。Virgil氏は極めて優秀であるのと同時に、トラブルメーカー的な行動（詳しくは上記の星さんの連続ツイートにまとまっています）を取る人物です。それらをEFが知る機会は十分あったし、現に知っていたと考えられます。従って、仮に同氏がEFに黙った上で、EFのメンバーの誰にも知られずに訪朝したのだとしても、十分な過失があるため、管理責任からは逃れられないと考えます。

しかし、実際にはEFは事前に知っていたのだろうと私は予測します。EFほどの規模の組織で、Virgil氏ほどの有名人の訪朝が組織内部の誰にも一切知られずに行われるとは考えがたい。知っている人はいたが、誰も問題視しなかったか、あるいは問題視する人はいたが組織内部の判断で介入しないことに決定したかのいずれかである可能性が高いです。仮にEFが訪朝を知っていた上で看過したとあれば、EFが「知名度が高い、あるいは／かつ実績のある人物の行動は、問題行為はおろか、違法行為の可能性があっても目をつぶる」組織になっているのではないかと強く懸念されます。

まとめ

私は技術としてのイーサリアムを高く評価しています。ALISのような優れたプロジェクトもイーサリアム無しでは生まれませんでした。自身の会社でもERC20トークンを発行する予定です。だからこそイーサリアムコミュニティ自体に影響しかねない本件に関して大変残念に思います。

Virgil氏とEFには重い責任があり、米国政府に関しては現状では判断不可能であるのは上記で述べた通りです。裁判によって諸々の情報が開示されれば、本件についてより細かい判断ができるでしょう。本件の裁判が人権に十分配慮した上で、適正な手続をもって、迅速に真実を解明することを期待します。各種の主張・証拠が裁判によって揃った段階で、本記事を訂正するか、新記事により再度意見を述べようと思います。

※本文章は一人の個人が執筆したもので、特定の企業や組織の意見・見解を示すものではありません。本文章の執筆者情報は以下の通りです。ご意見・ご連絡等がありましたら、以下のいずれかの連絡先から連絡してください。

小宮　自由（こみや　じゆう）
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