死ぬかと思ったエピソード『スガキヤのラーメン』

私は愛知県の片田舎の高校を卒業すると名古屋の大学に入学し、テニス部に入部しました。たまたま同じマンションに住んでいた短大一年の女性もテニス部で、自然とすぐに仲良くなり、付き合いはじめました。まさに青春を謳歌していました。

が、あれはその一年の夏のことでした。

講義はすでに夏休みに入っていて、その日は部活も休みだったため、彼女と外食へ出かけることにしました。ふたりで相談して、名古屋では有名なスガキヤのラーメンを食べに行くことになり、地下鉄の駅の近くにある店舗に向かって歩いていました。店の直前で信号待ちしているとき、彼女が言いました。

「ねえ、あの車見て。すごい揺れてるよね」

やはり信号待ちしていたカローラレビンを指差して、笑っています。確かに大きく揺れていましたが、窓は全面にスモークが張られていて、中の様子が見えませんでした。私ものどかに「ほんとだねー」などと同意して笑っていましたが、突然バンっとドアが開いて、中から三人の男が降りてきました。そして私たちのところへ走ってきます。私たちは唖然として、逃げる間もなく捕まりました。私はその中でも一番屈強そうな大男にヘッドロックされ、建物の裏に連れて行かれました。彼女は他のふたりの男に囲まれて、その場で身柄を確保されていました。男たちの風貌ですが、私の相手はスキンヘッドで眉がなく、きちんと数えられませんでしたが、おそらく十八個くらい顔にピアスがついていました。彼女側のふたりはどちらも毛足の長い色とりどりのモヒカンで、素肌に棘のついた皮のベストを着ていました。私は音楽のジャンルに疎いので間違っているかもしれませんが、パンクロッカーとかヘビーメタルとかの類いのファッションでした。男は私にナイフをチラつかせて尋問しました。

「てめえなに笑ってたんだよ!」
「いや、笑ってないよ」
「指差して笑ってただろうが!」
「すみません、笑ってました。揺れてるなあ、って」
「馬鹿にしてんのか!」

男の目はいわゆる「いっちゃって」て、なんらかの薬物を使用している模様でした。まともな話は通じそうもないし、そもそも貧弱な私は腕力でもまったく歯が立ちそうにありませんでした。これはもう大人しく相手に合わせるしかないと観念し、下手に出ることにしました。そんな感じでこのあと二度三度対話がなされたのですが、はっきり覚えていません。ところが、急に神風が吹きました。

「おまえ大学生か」
「はい」
「どこの大学だよ」
「〇〇大学です」
「お!マジか!おまえ、軽音の山本って知らね?」

神様! 嘘みたいな実話ですが、山本(仮)は私のマンションの隣の部屋に住んでいたのです。

「あ、知ってますよ。同じマンションに住んでます」
「おお!マジで!」

男はヘッドロックを外し、私と肩を組んできました。そして踵を返し、元の場所へ向かいながら、親し気に話してきます。彼女は私と男が仲良くしているのを見て固まっていました。何がなんだかさっぱり分からなかったのでしょう。

「今度一緒に遊ぼうぜ。電話番号教えてくれよ」
「あ、はい」

男は仲間に車から書くものを持ってこさせ、私に渡しました。私は見たこともない電話番号をそれに書きつけ、彼に渡しました。

「おまえの彼女かわいいな。でも俺の彼女のほうがかわいいよな、な」

と彼は仲間に同意を求めたりしていました。──と、ここまでは平和を取り戻していたのですが、通りすがりの別の大学生が彼にガンをたれたとのことで、そちらで殴り合いの喧嘩がはじまってしまいました。そして誰かが通報したらしく、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきました。喧嘩を売った大学生はすでに散々殴られていて、男が目を離した隙に「うわーっ」と叫びながら逃げて行きました。男たちも「やべえな」とか言いながら車に乗り込もうとしました。例の男が「おまえも来いよ」と言うので、私は「いや、これからスガキヤにラーメン食べに行かないといけないので」と断りました。すると男は「スガキヤ行っても無駄だぜ。だってこいつらスガキヤの店員だもん」と言って車の後部座席を見せました。男性二人が拉致されていて、確かにスガキヤで見たことがある顔のような気がしました。そうこうしているうちにいよいよサイレンの音が大きくなったので、男はカローラレビンのドアを閉めながら「絶対連絡するからな。遊びに行こうぜ!」と言い残して去って行きました。

到着した警察に事情を説明したあと、私たちはスガキヤへ行くのを諦め、家に帰りました。軽音の山本が隣に住んでいなかったら、私は死んでいたかもしれません。男からの連絡はでたらめな番号を教えていたのでもちろんありませんでしたが、幸い山本を通じてやってくることもなく、私は無事に四年で大学を卒業しました。彼女とはあの事件のあと、ほどなくして別れました。


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公開日:2019/01/11
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  • @kutsunay
散文家。現実を詩や小説に変えています。自己紹介用の記事はこちら。(https://alis.to/kutsunay/articles/39rByBGY1rGp)
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  • MALIS
  • 5日前

名古屋、、、名古屋の治安!
怖いけど面白かったです

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  • あずまや
  • 6日前

これ実話なんですか...怖すぎる...

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  • mikazuki-kazuki
  • 7日前

面白かったです!
車の後ろに拉致されていた二人が気になりました 笑

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