僕がバンド活動を通して学んだ「Art」と「捉え方」

 

 

 

 

皆さんこんにちは!kyoshiroです。今回の記事では、高校時代もっぱら尽くしていた僕のバンド活動にまつわるお話です。是非、気軽にお楽しみください!

 

懐かしい...笑 Gt.Voでした。

 

1.音楽との出会い

まず始めに、私がバンドをするようになったきっかけを簡単にここで書かせてもらいます。私が、楽器を手にするきっかけは一口に”SEKAI NO OWARI”というバンドに出会ったことです。皆さんもご存じの人気バンドですが、私も中2の冬くらいにこのバンドに出会いました。作り込まれたファンタジーな世界観や、表裏一体的な歌詞、常識を疑うというスタンスに新鮮さと感動を覚え、直に憧れを抱くようになりました。

というのも、当時の私は世の中をいわば「正義」と「悪」の二元化された世界でしか見ることができず、自分や他者の意見が正しいのか、間違っているのか、それこそを大事にしていました。そんなとき、SEKAI NO OWARIの楽曲と出会い、「正義」の反対は決して「悪」ではなく、「また別の正義」であるという考え方になるようになりました。自分にとって間違っていることは、誰かの視点で見たときは正しいことになるかも知れないという、今まで気づかなかった”余白”を認められるようになったのです。それから、私はずーっとそのような考えで生きています。多様性を認めると言う点においては、ColleColleのルーツもそこにあったりします。

少し話がそれてしまいましたが、私はそのようにしてSEKAI NO OWARIに憧れを抱き、今度は自分も、自分が作った音楽や世界観を通して誰かを感動させられるようになりたいと思うようになりました。それで、とある年の冬に1本のギターを手にし、仲間を募り始めたのです。

2.Artの本質

そんなこんなで、バンドを中高合わせて4年間くらいしていたんですが、大学生になりあまり楽器も触らなくなった今、振り返って考えることがありました。その1つが「Artの本質」です。

バンドマン時代、様々なライブやオーディションに向けて勉強の合間を縫いながら作詞作曲に勤しんでいました。デモができればメンバーに送り、歌詞を書き換えたり、曲の構成を変えたりして作っていました。そんな日々において、やはり「有名になりたい!」という想いは募っていくんです。劣等感も感じる日々でした。しかし、そんな風にして藻掻いていたある日、私は考えたんです。

「今作っている音楽って何で作ってんだろう」

と。

勿論、ライブをするためだとか誰かに聞いてほしいだとか、そんなことはバンドをする前提としてありますが、ここで考えたのは音楽をする本質、もっといえば自分は何のために音楽というArtをするんだろうと言うことです。そしてこの問いに対して、以下の1つ答えが出ました。

自分の世界を発信するために、バンドをしたい

悩んだ末に見つかった、音楽をやる理由は”自分の世界観を発信したい”と言うことだったんです。そして、それは皮肉にも「バンドをしたい!」「歌いたい!」と目に輝きがあった当初、強く感じていたことでもあったわけです。

今ならもっと簡単に気づけたかも知れません。

Artの本質が、

自分発信で生まれる絶対的な想いや熱である

と言うことに。

相対的に評価する必要もなく、誰かの出した「正義」に寄り添う必要もなく、自分が信じたものを信じるという尊さと強さをArtは持っているのだと、今になって考えさせられました。

3.「何者にもなれていない」という強さ

そして、もう1つ当時のバンドメンバーの言葉から学んだことがあります。それは、「何者にもなれていないという強さ」です。そんな言い方をすると、「んっ?」と首をかしげたくもなるでしょう。だって、一般的には専門性を求められたり、もっと言うなら自分の存在意義を示している人の方が強いと考えられますから。世の中には、「何者かになりたいけど、どうしていいか分からない」と言う人も少なくないでしょう。私自身19年という短い人生を振り返っても、そんな風に悩むことがありました。(「有名なバンドになりたい!」とか)しかし、今になって思えばそんなに悲観する必要はないと感じるのです。と言うのも、

「何者にもなれていない」ということは「何者にでもなれる」

という可能性を秘めていると私は考えるからです。いつかかの有名なサッカー選手も「のびしろ」と表現したように、何者にでもなれる”余白”があると言えます。というより、そう捉えるとすこし勇気がわいてきませんか。私も、バンドだけでなく日々の生活においても、その言葉に励まされ、模索しながら生きてこれました。いろんな世界を見て、いろんな人と出会って、いろんな経験を積んで「いつか」何者かになれるのかも知れません。そんな、「何者にもなれていないという強さ」をバンドの中で学びました。

4.まとめ

今回も記事を読んでいただきありがとうございました。今回は、バンドから学んだ「Art」と「捉え方」について書かせていただきました。勿論、人の視点が変われば、「正義」が変わるように、そもそも”何者”かになる必要もないのかも知れませんし、相対的に自分の価値を発揮することも大事かも知れません。なので、今回の記事も誰かの1つの考え方として読んでいただければ幸いです。日々悩む誰かを少しでも励ませられたらと、そんな淡い期待も込めて今回の記事を閉じさせていただきます。

それでは、また次の記事でお会いしましょう! kyoshiro

 

 

 

ps.そのうち「kyoshiroが選ぶお薦めのセカオワ曲」などと題して深く書きます。笑

 

 

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2019/09/17 26.95 ALIS 6.00 ALIS
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Founder & COO of JapanFuse, Inc.(@ColleColle_jf)/作詞作曲/横国経営2年/19歳
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