イキクレ

 地方都市でも不審者は時々に発生する。そして情報の拡散の勢いもある。それでも大量の情報に埋もれて世間の目に晒されない事実も多々ある。以下はそんな類の話だろう。 

 見葉(みは)県警によると6日午後6時30分ごろ、居予松市本町1丁目で男性による声掛けが発生しました。 
(実行者の特徴:30歳位、黒髪、身長高め、デニムシャツ、白のブーツカット、片手にビニール袋を所持) 
■実行者の言動や状況 
・歩行中の女子生徒にに声をかけた。 
・「かわいいね。名前は」 
■現場付近の施設 
・本町東駅、見葉みなみ高等学校 

Man, People, Umbrella, Rain, Weather, Night, Dark, Wet, 146655

 市内の高等学校に通う音瀬麻衣子は偶然にもこの不審者情報を目にした。気まぐれなのかもしれないし事件や事故といった非日常を求めていたからかもしれない。麻衣子はクラスの中で情報屋のように怖い話、噂話、そういった話をするのは得意ではない内向的で地味な生徒である。そんな性格の麻衣子は物語を創作することが好きで彼女の才能を知る者はごく限られている。学校に通う生徒の中にもこの情報を耳にした者はいた。けれどこの平穏な町でこういった内容は直ぐに人々の記憶の外に流れていく。誰かが危機感を覚えても集団の中の会話では笑い話のネタ程度に留まる。もちろん麻衣子も正常性バイアスに引っ張られているひとり。 
「私には起こらないわね」 
 無意識的反応が声を介さず処理をする。 

 授業も済み日が傾き始めた放課後。その頃には不審者情報のことも忘れて麻衣子は普段通り帰り道を辿る。途中、地元の人が十六池と呼んでいる溜池の横道を渡っていたときあの不審者と遭遇する。 
「息くれよ」 
 ビニール袋を片手に麻衣子に声をかける不審者。驚きと不安感から避けようと後ずさりしても状況は変わらない。緊張極まって火事場の馬鹿力的なものが発動するか否かの隙間に馴染みのある声が入り込む。 
「音瀬ーー。忘れものー」 
 友人の黒澤である。見知った顔なのか理由は定かではないが不審者はそれまでの勢いを失い一言、 
「跳ぶぞ」 
 と叫んで池の中へ消えていった。 


「昨日の不審者情報についての続報です。 
見葉(みは)県警によると6日午後6時30分ごろ、居予松市伊小夜町1丁目にて声掛けが発生しました。実行者は30歳位の男性で、「息くれよ」と言いながら近づきビニール袋を持った片手を伸ばしたそうです・・・」 

 こんなニュースがネット上に顔を出すと見葉県を越え一時的ではあるが全国に「イキクレ」という名前を付けられて広がった。この話はもう10年以上前のことではある。しかし片手にビニール袋という特徴的な姿は今もなお語り継がれており、アイドルが出演するイベントの後には目撃情報が増える傾向にある。

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2019/11/01 5.07 ALIS 0.00 ALIS
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