2020.5.9 善福寺川周辺散策の帰りに見つけました。
ひっそりとした住宅街の一角に佇んでいます。
田端神社内社となっていますね。
拝殿
神輿舎
手水舎上部の看板
神社史蹟
当神社は天照皇大神を祀る天祖神社で、旧東田町を氏子とし多くの崇敬者を始め遠隔の人々の参詣も多く、産土神と世の人に親しまれている。
当神社に纏る歴史的文献はなく、創立も詳ではないが、その昔約六百年神明社に始まるとも伝えられ、字関口南西の地に創立、爾来数多時代の変遷を経て、江戸時代には伊勢参り多く、帰りて額を納め、無病息災、五穀豊穣を祈願したと云う。
明治元年新政によって、字関口・中通(旧東田町)村の奉納する処となった。 この頃僅か二十数戸に過ぎない農村と伝えている。
明治三十九年神社合併が奨励されるに至り、同四十二年十月村内三社と共に、田端村(本村)北野神社に合祀し田端神社と改む。
其の後数年を経ず村内に不祥事相継ぎ、再び村の一角に御霊を祀ることになった。
年代の推移と共に地名も改められ、昭和二年此の社地の寄進によって同年九月神殿を流造に新築、御神体を移し奉安し祀る。以来東田町内社と呼称す。
合祀当時寄贈せる、江戸時代を始め幾多の奉納額は、色褪せ氏名の判読もできないものもあり、今も尚昔の歴史を偲ばせている。
当神社の例祭は田端神社に準じ毎年九月十二日多くの崇敬者を迎え厳に祭典の式が行われる。 因に田端神社は、昭和十三年五月村社に列格し、例祭は翌十三日多くの参詣者を始め数多崇敬者によって厳粛な大祭の儀が執り行われている。
平成八年吉月 内社社務所
この田端神社は杉並区荻窪にあります。今度、参拝に行ってみましょう。高円寺南にも天祖神社を見つけました。徒歩圏内にも知らない神社がまだまだありますわ。
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神社近くには石塔がありました。
立派な松です。
石塔の前にはお花、お水、お数珠まで置かれています。手厚く守られているようですね。
民間信仰石塔
ここに建立されている石塔は、向って右から元禄11年(1698)11月20日銘の地蔵塔、宝暦10年(1760)10月吉日銘の馬頭観音塔、宝暦3年(1753)10月吉日銘の地蔵塔です。
これらの石塔には、何れも「念仏講中」「念仏講中16人」等と記され、ここ武州多摩郡成宗村白幡の人々が、現世での幸福と来世での往生安楽を願い、講を組織し、建立したものであることがわかります。
地蔵菩薩の信仰は、仏教の民衆化とともに宗派を超えてひろまりました。地蔵菩薩は、冥界と現実界の境に立って人々を守護するということから、村の安全を守護する菩薩とされ、村の境や路傍又は辻に多くの建立されました。
馬頭観音は、頭に頂く宝馬が四方の四魔を馳駆することを表わしていますが、そのために馬の守護神と考えられ、路傍や馬捨場などにも建立されました。
石塔の南側の道路は、五日市街道の旧道で通称「白幡の坂」、西側の道路は「馬橋みち」といわれた古い道で、共に急坂な難所の一つでした。
これらの石塔を建立した白幡念仏講中も、昭和15年頃までは、毎月この場に集い、念仏供養を行っていましたが、現在では毎年10月15日に供養会を盛大に行っています。昭和62年3月 杉並区教育委員会(看板より)
この近くには「鎌倉街道」があります。
鎌倉街道中道に関しては上記サイトがとても参考になります。
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