クリプト

「仮想通貨な世界」1-10話

とけい's icon'
  • とけい
  • 2018/06/07 12:17

「仮想通貨な世界」

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登場人物&世界観はこちらから

「仮想通貨な世界」

プロローグ

2030年、日本は東京オリンピックを終えて以降、

ゆるやかに、それはそれはゆるやかに

景気は下降線をたどっていた。

景気が悪くなった理由を各分野の自称プロフェッショナル達が、

やれ

「観光事業が低調だからだ」

と言えば、

「いや、金融政策が悪いからだ」

と他の専門家がしたり顔で反論する。

メディアでこのような討論番組をよく見かけるが、

ほんとは皆、心の中で原因が分かっていた。

「今までの政策が、もう噛み合なくなってきている。」

人口ボリュームがあった世代が定年を迎え、

労働人口がますます減っていく現状。

終身雇用制度が今の日本とかみ合わなくなっている問題。

さまざまな問題が日本政府と国民に襲い掛かっていた。

またその流れと並行するように、

仮想通貨などの電子決済のサービスが目覚ましく普及していった。

その影響力は凄まじく、すでに政府が目をつむることが出来ない程、

日常生活に入り込んできていた。

例えば、さまざまなサービスが仮想通貨で決済できるようになっていた。

バイト代や給料ですら、

日本円でなく仮想通貨で払うのが主流になってきている始末。

その結果、日本円がなくても生活出来てしまう。

それは、労働意欲の衰退に直結させていた。

このままではいけない、とうとう日本政府は重い腰をあげた。

そして、2032年、「評価経済決済法」が制定されることになる。

この政策は、今までの終身雇用制度や日本円の概念からまるで異なる政策であるため、

賛否両論を呼んだ。

「第一条. 日本円を使用せずとも電子通貨決済で豊かな暮らしができるよう、各々個人にトークンを支給する

「第二条. 日本円ではなく、各個人名のトークンで、すべての物品やサービスを享受できるものとする」

「第三条. 各個人名のトークンの価値は、政府規定の基登録した、3つの分野によるものとする。また、評価に関する基準は世間に与える影響力などさまざまな評価基準から決定される」

これまでの生活とは、まるでベクトルの違う政策に波紋はすぐさま広がった。

「日本円はどうなるのか?」

「評価の基準を明確にしろ!!」

国会議事堂の前では大衆の怒号が、連日響いていた。

大人たちが必死に怒号を上げる一方で、若者たちはこの政策を非常にすんなりと受け入れていた。

「日本円なんかふりーでしょ」

尾上涼太もその若者の中の一人だった。

この物語は、完全に仮想通貨決済になり日本円が不要になった世界。

評価経済、loT化が導く未来のカタチを青春を謳歌しながらも力強く歩んでいく

尾上涼太(18歳)のお話です。


1.目覚めの朝

2040年、loT化が進みに進んだ日本。

20年前には懐疑の眼を向けられていた仮想通貨も

いまや日常には欠かせないモノになった。

車は等間隔で走る無人の箱となり、

電車を乗るにも切符などという紙切れは

もはや存在しない。

何もせずにカード一枚を持ち、そのまま乗車すれば、

目的地で降りることが可能だ。

ちなみに、日本円もまだあるにはあるが

もはやコレクターが集めるためのモノになっている。

そういう意味では、価値は以前より高騰しているのかもしれないな。

「涼太…起きなさい!!今日は入学式でしょ!」

俺は、母親の口やかましい騒音で最悪の眼覚めを迎えた。

「まだ、朝6時じゃねーか」

カーテンをめくりながら、思わず本音がこぼれる。

「口答えしない、早くスーツに着替えなさい!!」

なんで、こう母の耳は地獄耳なんだろうか。

なれない手つきで、ネクタイを結ぶ。

難しいな…、

初めてしっかりとスーツを着るのに思ったより

時間が掛かってしまった。

暗かった街並みは徐々に明るみを放っていく。

そうこうしているうちに、時計の針はチクタクと時を刻む。

…やばい、結構ぎりぎりの時間になってる。

「行ってくる!」

走りながら、大声で母に声をかける。

「ちょっと忘れ物!!」

カードを母に後ろから、猛烈な勢いで押し付けられる。

おお、まずかった。

この時ばかりはさすがに母に感謝した。

マイナンバーカード。

母は、本当にあきれた表情をしながら

「落ち着いて、行きなさい」

そうなだめるような口調で声をかけてくれた。

たかが、一枚のカード。

されど、一枚のカード。

マイナンバーカードは、進化に進化を遂げた。

俺の身体情報や住所はもちろんの事、電車に乗る時や

モノを買う時、サービスを受ける時…

何から何までこの一枚をかざすだけでことが済む。

一度、病院に持っていくのを忘れて大変な目に遭った。

それ以来、母にはこぴっどく

「マイナンバーカードは持ってる?」

と、毎回のようにきつい口調で聞かれる。

分かってるっつーの。

このカードがなきゃ、何もできないことくらい。

そーいや、高校の担任も物凄い説教してきたな。

正直、うざかった。

「お前たちいーか、これは本当に大事なカードだからな。

絶対に貰ったことを親に言うように!!」

高3の春だったっけ。

「おーい涼太、聞いてるのか?」

「いや、桜がきれいだなーって」

「お前の頭がお花畑なんだよ」

担任の一言に教室中がドッと爆笑の渦に巻き込まれる。

クッソいらつく担任だ…

「それより今日は何の授業なんだよ?」

この質問に、

担任はおとぼけ顔から一転、急に真面目な顔になる。

その変わりように、爆笑の最中だった教室が一気に静まり返る。

「いいか、お前たち今日は、マイナンバーと各自のトークン付与に

ついての話だ。これは、大人になっても絶対に知っとかないといけないことだ。

この選択次第で、お前たちの未来は大きく変わるからな」

…どうせ、担任が話を大きく盛っているだけだろ。

身に染みて、この話の重要性に気づいたのは、大学に入ってからの事だった。

2.マイナンバーカードとトークン

まあ、今日からマイナンバーカード俺のやつが出来たし、

これで完全に何でもできるな。

あとで、学食で使ってみよっと。

今日は、景気がいいしかつ丼だな。

俺は授業そっちのけで、今日の昼食の事で頭がいっぱいになっていた。

当時の俺は、トークンの意味をまるで分かっていなかった。

そんなことを尻目に、担任は黒板にでかでかと

「マイナンバーカードとトークン選択」

と荒々しく書いたのち、プリントを配り始めた。

一応、トークンがお金だという事は知ってるから大丈夫だろ。

今までも親のトークンで服買ってたし。

ただそうは言っても、トークンに関することはやっぱり気になる。

いつもはくちゃくちゃにして机の中に紙を放り込む俺だが、

そのプリントばかりは友達の赤ちゃんを介抱するようにそっと持ち上げて、読みにかかった。

…なるほど、全く意味が分かんねえ。

とりあえず、

「18歳の誕生日を迎えた時点で成人となり、選挙権・マイナンバーカード・

各自のトークンが有効化になります。」

という一文目ですらなかなか意味を飲み込めない。

「各自のトークン?」

マイナンバーカードには、俺の本名である尾上良太の文字がローマ字で記されており、

その横にTOKEN1とつづられていた。

自分の名前のトークンでこれから買い物するってことか。

ふんわりだが、俺はプリントからそう解釈した。

「みんな、プリントはちゃんともらったか??それじゃ、今からマイナンバーカードと

トークン付与に関して説明する。この授業は本当にきちんときいておけ。そうしておかないと、これから全く買い物出来なくなるぞ」

担任のこの冒頭から説明が始まったこともあり、珍しく俺ですら寝ることはなかった。

買い物できねーとか絶対嫌だし。

マイナンバーカードの説明は、思っていたよりもあっさり終わった。

何でも、先生が俺たちぐらいの頃からあったらしく(機能は皆無だったそうだが)

このカードで買い物や移動、病院に旅行など

何でもできるらしい。

ただ、紛失すると果てしなく面倒くさい手続きが必要になるらしく、

不安なやつは鎖にでもつないでおけとのこと。

この一言で教室がまた、柔らかい雰囲気になる。

…はやく自分のトークン使いてーな。

窓の近くにある桜の木は強風にあおられて、ピンクの花びらがひらりひらりと舞い散っていく。その欠片が俺の机の上に、何かを訪ねて舞い込んできた。

そういえば、桜トークンってどこかで聞いたことあるな…

かすかに、記憶の引き出しが開きそうな気がした。

だけど、

「さあ、大事なのはここからだ。マイナンバーカードに各自の名前がローマ字で刻まれているのは分かるな?」

担任の口調がまた真面目になったので、頭を現実にその記憶の扉は閉じてしまった。

閉じてしまったのには訳があった。

俺には、このことで一つとても気になっていたことがあったためだ。

「せんせー、名前の後ろに数字が1、2、3とそれぞれついているんだけどこれ何?」

すると先生は何かの獲物を見つけたかのように

「涼太、いい質問だ」

と不敵な笑みで笑った。

3.評価経済と個人トークン

「みんな、プリントを見てくれ。ここからはトークン選択の話だ。簡単に言えば、みんなの評価が価値になるんだ」

「どーいうこと?学校の成績がトークンになるのか?」

「ご名答。涼太、今日は頭が冴えてるじゃないか。みんなが学生のうちはトークン選択の一つは絶対に学力になる。みんな高校1年生から毎月学力テストを受けているな?あれは、全国で統一されているテストで、そこから順位に応じたトークンの価値になるというわけだ」

終わったと思った。

俺は勉強が得意じゃないから、トークンの価値低いじゃねーか。

その時、隣の席に座っている背の高い和也がチラリと視界に入った。

そうだ。

「勉強以外で活躍してるやつは評価されねーの?」

先生は目を真ん丸にして、

「どーした、涼太。今日の頭の冴え方は鋭すぎるぞ。

さっき名前の後ろに1、2、3と数字が刻まれているトークンの質問があったな。学生の間、1のトークンは学力に決定される。だが、それ以外の2・3のトークンに関しては君たちが世間で評価されるであろう分野を好きに選んでいい。ただし、一度決めた分野は5年間変更は出来ない。」

先生はふーと一息つく。そして、また悠長に語りだす。

「そして、数字の上から順番に影響力がある。国家の機密事項だから、計算方式はわからないが、1→2→3の順番に君たちのトークン評価に対して影響力が大きいということだ。そしてその3つの影響力をひとまとめにしたものが君たちそのもののトークンになる。つまり、学生である以上、一番君たちのトークンに影響を持つのは学力だ」

ここまで、話しきったところで先生はゆっくりと机に手をかけよりかかる態勢を取りながら、俺たち生徒を見回した。

「先生の時は、こんな仕組みではなかったんだ。会社に入った時、新入社員として給料として日本円を貰っていた。君たちは違う。18歳になった時点で、国から各自の名前のトークンをもらう。そして、その評価は毎月変動していく。つまり君たちは努力することで、トークンの価値をしっかりと育てていかなければならない。」

外では風が、桜の花びらを舞い上げる。

「先生には、どちらがいいシステムなのかはよく分からない。ただ、トークンの価値を上げることは努力次第でいくらでも可能だ。評価される何かを見つけることがこれから君たちを大きくする!」

先生は力が入っていたのだろう、額から汗が流れていた。

そこまで熱弁するほど大事な授業か俺にはよく分からなかったけど、なんかそれなりには、ちゃんと決めようと思った。

4.和也はモテトークン?

先生の説明が一通り終わり、トークンを設定する時間になった。

学生だから、第一は学力で決定。

あとは第二トークンと第三トークンか。

隣の席で真面目に考えている和也が、どう決めるのか気になって仕方なかった。

「和也。第二トークンはバスケだろ?」

和也の肩に手をまわしながら、トークンの事を尋ねる。

大井和也。

こいつとは、高一からずっと同じクラス。

きりっとした目つきに、スポーツマンらしいすっきりした短髪。

そして、その運動神経の良さ。

バスケ部ではキャプテンを務めていて、全国大会出場の経験あり。

身長も軽く180㎝を越える。

そして、何より女子にモテる。

悔しいかな、モテる。

本当にモテる。

そーいやモテトークンってなかったかな…

広辞苑並みにぶっとい「トークン分類表」で調べてみるか。

「涼太、そこ邪魔。ちょっとどけ」

軽く和也に手をあしらわれた。

「第二トークンバスケで、第三トークンモテトークンで決まりだな」

「そんなトークンねーよ」

「いや、あるかもしんないだろ…?」

トークン分類表をぱらぱらとめくってみる。

色々なトークンを見ながら、確かめる。

語学、スポーツ、芸術、IT、分析、研究、専門、技能…

うん、ねーな。

少しがっかりした。

ゆっくりパラパラとめくっていき、最終ページにたどりつく。

そこで、手がとまった。

「トークン説明の補足

1. トークンは、誰かに譲渡することが可能です。もらった相手の価値の変動に応じて、相手氏名トークンの価値も変動していきます。

2. トークンは、さまざまな分野に対応しています。どの分野のトークンを選択しても、基本的に1‐2か月の間に1度国家が定めた試験を受けていただく必要性があります。

この試験に欠席すると、無条件に15%のトークン価値が減少することとなります

3.トークン試験は、ある一定の影響力を有する者には免除措置がございます。

その条件は別ページにて説明がございます。

4.もし、譲渡されたトークンの譲渡主がなくなった場合も、トークンは電子上で残り続けます。その場合、トークン価値の変動は通常通りあるものとし、トークン価値が0になった時点で自然消滅します。

5.婚約をした場合、互いのトークンは1つの財布(ウォレット)で管理することになります。家族の関係である場合、所有者の許可があれば、他の者が自由に家族のトークンを使用することが可能です」

ここまで、読んで俺は頭が痛くなった。

ルール多すぎだろ…

俺が知りたいのは、モテトークンがあるかどうかだけだって。

一応、このページだけは頑張って読もうと決めた俺に、

ご褒美があったのかその下の

注意事項にこんなことが書いてあった。

「※よくお問い合わせに、男女の魅力をトークンにしろとございますが

価値判断が非常に困難なため、このようなトークンを設定することは出来ません」

…無いのかよ。

黙々とトークン分類表を読み込む和也に

「モテトークンないらしーわ」

がっかりしながら教えてあげた。

「そりゃそーだろ」

俺の方を見向きもせずに冷静な指摘だけが返ってきた。

さて、俺はどんなトークンを設定しようか…

人生の方向性を決める瞬間が、着実に俺のもとに迫っていた。

5.「俺の夢」

実は俺は、一つ密かな夢をずっと持っていた。

時計技師になりたい…、

それは、心の底に秘めた熱い想いだった。

小学校のころに見た、懐かしいようなそれでいて力強い和時計の数々。

家の近くに時計博物館があったこともあり、

その美しさに虜になって、毎日のように野球をした後に、

寄り道をしていた時期があった。

グローブ片手に、

さまざまな技術が奏でる時のハーモニーに、感動した。

魅入っていた。

この世のモノとは思えない芸術が現前としている。

そう幼いながらに心を打たれた。

そんな日が毎日のように続いた。

そして、通い続けるうちにしだいにこう思うようになっていった。

「あの感動を自分の手で作ってみたい…!」

イメージは和をモチーフにした腕時計。

この世に一つしかない和時計。

いつかぜったい作ってやる…!

そんな想いを抱いて、早10年近くたった。

想いの強さに反して、周りにこの夢を告白したことは一度もなかった。

なんかダセえとか返されたらそれは嫌だし、

っぽくないと言われるに決まってる。

だから今まで黙ってた。

それでも、その独特な文字盤、洗練されたデザイン、厳かな和を醸し出す

雰囲気に今でも俺は魅了されていた。

「時計に関する仕事がしたい。」

小さい頃からずっと思ってきたことだ。

じっとプリントを片手に持ちながら、目を閉じ、可能性を逡巡させた。

…よっし、決めた。

第二トークンは時計に関することにしよう。

この決断を要するのに、実に20分はかかった。

首筋からスーッといやな汗が流れ落ちた。

なんか、物凄い疲れたな…

でも、そうと決まれば、設定番号を調べるだけだ!

ただ、そもそもそんなトークンあるのか…?

「トークン分類表」で必死に調べてみる。

…あった。

技能の29番目。

時計修理師および時計技師に関するトークン。

「このトークンでは、時計の専門知識に関する技能を評価対象として査定する。

なお、独立時計師に認定されているものは、試験の免除対象となり得る」

独立時計師…、初めて聞いた言葉だ。

でも、俺の夢はこの独立時計師ってやつだ。

この仕事が出来れば、俺のトークンの価値もぐーんと急上昇だ。

「いけるな、これ」

トークンを設定しただけであるのに、自信が言葉になってこぼれた。

「何がいけるんだ?」

その言葉に、じっと分類表を眺めていた和也が反応した。

「和也みたいに、夢を決めたんだよ」

「夢?涼太ならバンドマンとかか?歌うまいし」

「ちげーよ。俺、時計を作る職人を目指すわ」

「…ん?なんか言えよ?」

返事が一向に帰ってこなかったので、言葉を継ぎ足した。少しイラっとした。

夢を馬鹿にしてくんのか、こいつ。

何とか言えよと思う。

和也は間をあけているのかと思いきや、

まるで動物園の生き物を見るみたい俺を凝視していた。

…なんだ?

「いや、気持ち悪いことすんなよ」

和也はまだ固まっている。

「悪い、涼太の夢が想像以上にまともでさ。びっくりした」

「俺にも夢の一つくらいあるぜ」

鼻をフンと鳴らしながら、胸を張った。

見ている感じだと、和也は驚いてはいるものの応援してくれているようだった。

…やっぱ、いいやつだな。

こいつには嫌味が全くない。

一応、確かめるように、

「和也はやっぱりバスケットボール選手のトークンか?」

と問うと

「ああ、プロを目指すよ」

そうさらりと返ってきた。

まっすぐその想いを言ってのける和也はほんとうにすごいと思った。

「お互いがんばろうぜ」

気持ちを吐露するように、しっかりと目を見ながら伝えた。

「おう」

和也の眼が輝いて見えた。

6.母の一言

とりあえず、第三トークンの設定もひとまず終え、

ほーっと息をなでおろす。

その時、なぜか先生と目が合った。

俺をじっと観察した後、少し安どの表情を浮かべていた。

その意味が、当時の俺には分からなかった。

しばらくして、教室に賑わいが戻ってくる。

みんな、トークン設定がひと段落したのだろう。

わいわい、ガヤガヤ。

教室の賑わいが次第に明るさを増す。

その様子を見た先生は手をパンっと叩き、

「みんな大体決まったみたいだな。これは、宿題でもあるから、親とは一度はこの件について話し合うように」

皆を眺めるようにしながら、先生は話を続ける。

「そして、大学に進学する者・企業に就職する者、色々な道に分かれると思うが、みんなこのトークンの価値を向上させることに死力を尽くすことになると思う、黒板の図を見てくれ」

そこには、白線で大きな棒グラフが横に2つ描かれていた。

「上のグラフには、

これから大人になってお金が掛かるものの内訳が書いてある。

まあ、だいたいは家賃と食費だな。

そして、注目してほしいのが、下のグラフだ。みんなの個人トークンの今の平均の価値はこんなもんだな」

必要な金の半分以下か…これじゃ生活できないな。

「足りない部分は、企業などのトークンを仕事してもらうことで

埋め合わせていく。

先生が何が言いたいか分かるか?」

確実に俺に目線を合わせて、質問してきていた。

俺は、そっと答える。

「個人トークンの価値を増やせば、自分の力だけで生活できる」

答えを聞いた先生は、正解と言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。

「その通りだ、みんなこれからどんな道を歩もうとこの事はしっかり頭に入れておいてくれ。大学に進む者は、その価値をしっかり磨いてこい!」

まあ、俺なら出来るでしょ。

自信はたっぷりだった。

学校から帰宅して、一応母さんにトークンのことをしゃべった。

時計トークンの事なんか寝耳に水だろう。

「あら、そうだろうと思っていたわよ」

この反応に、逆にこちらが面食らってしまった。

「気づいてたの?」

「そりゃ、気づくわよ。あんだけ、毎日時計博物館に通って、いまでも時計のパンフレット本棚にこっそり隠し持ってるじゃない」

今まで、隠してたことが逆に恥ずかしくなった。

それでも、母に一言

「俺、時計技師になるわ」

力強く宣言した。

「がんばんな」

その一言にどれだけ背中を押されたか。

それから少しして、他愛のないことに話題が移っていった。

和也はバスケの国体選手だから、既に余裕で生活できるほどの個人トークンを有していること。

これから、どんな大学に進みたいかのプランの事。

担任が、やたらトークンの授業に熱が入っていたこと。

母は、俺の言葉に呼応するように

「うん、うん」と頷きながらも

「あんたはあんたの道をすすめばいい」

力強い一言を締めくくりにくれた。

俺の意志はさらに固くなった。

トークンを決めただけだけど、なんだか少し大人になった気がした。

7.個人トークンと評価格差

「高校時代から少しは俺は成長したんだ!」

姿見から映るスーツ姿の自分を見て、呪文を唱えるように呟いてみた。

靴ひもをしっかりと結びなおして、玄関を飛び出す。

「行ってきます!」

18歳の誕生日を迎えて、今日大学の入学式の俺はもう立派な大人だ。

こうやって、これから通学する時ももう親のトークンではなく、

自分のトークンを支払って大学へ通う。

なんだか自立した気がして、嬉しかった。

「よっ」

和也は駅前から声をかけてきた。

いつも、あいつが絶対先だよな…

時間も迫っていたので、急いで改札にカードをタッチする。

「ピッ」

電子音が無人の改札に鳴り響いた。

「急がないと、間に合わないぞ」

「わかってるよ」

和也にせかされるようにして、モノレールに乗り込む。

俺たちの後に乗ってくる客はいなそうだった。

「ピー」

人体検知センサーがそれを感じ取り、電車の扉は閉まった。

そして、ゆっくりと動き出す。

思ったより、移動時間はかからずに済みそうだった。

今日は前の電車との距離が開いているみたいだな。

結局、予定より20分早く着いた。

そんなこんなで、

大学最寄りの駅で結構な時間を持て余した。

早く向かっても、することが無いので、とりあえず他愛もない話をしてみる。

「なあ、和也。今の電車賃で何トークン消費した?」

新大学生のあるあるトークである。

「120トークンかな」

さらっと言ってのけた背の高いバスケットボール選手に圧倒される。

俺の二分の一じゃねーか…

今さっきの電車賃で、確かに俺は240トークン消費した。

これが評価経済の社会か。

和也は日本代表候補に選ばれるほどのバスケットボール選手。

俺は、時計技師になりたいただの人。

その評価の差がこのトークン価格にしっかりとあらわれていた。

「ははは」

自然と笑みがこぼれた。

「どうした?」

和也が明らかに気味悪がっている。

「評価経済上等だよ、絶対俺は評価される能力を大学で身に着けるからな」

自身の込み上げる想いに身を任せて、近くにあったコーンを蹴飛ばす。

コーンは今日が寿命だったのか、俺の蹴り一発で粉々に砕けた。

「ピー、器物破損。540トークンタッチして弁償して下さい」

後ろで警察帽を被った2mは超えるロボットが電子音で囁いてきた。

「あーあ」

横で和也が頭を抱えていた。

俺は、自動警察に

「ちっ」

と舌打ちしながら、カードをかざして泣く泣く弁償代を支払った。

最悪だ…。

テンションはだだ下がりのまま、入学式会場へと向かった。

キャンパス内では1年前と同じく桜がきれいに咲き誇り、

その花びらたちの結晶は、新入学生たちを温かく迎え入れていた。

ただ、その包み込むような優しさをぶち壊したいほど、

俺は、はらわたが煮えくり返っていた。

「自動警察め…」

そんな様子を見ていた和也は、あきれるような表情を見せながら

大きな足をスライドさせていた。

いよいよ大学生活が始まる!!

そんな晴れやかなスタートでは一切なかった。

「OO大学 入学式」

会場に入り、今日の大学の入学式のパンフレットを手にとる。

「えーと、俺が技能学部で、和也がスポーツ学部か」

「そうだな、なんか場所違うみたいだから終わったららまた会おうか」

「そだな」

和也とはここで別れた。

学部は各自のトークン設定をした時点で、自動的に絞られていく。

昔でいう文系、理系ってやつだな。

今はそんな分け方しないけど。

俺は、時計技師になるための勉強をするために、大学に来た。

早く勉強がしたい。

嘘に聞こえるかもしれないが、心の底からの本音である。

なぜなら…

早く技能を習得しないと、個人トークンの価値が一向に上がらないから。

それだけである。

遊ぶには金がいる。

金はトークンと同義だ。

そのトークンは俺の評価にかかってくる。

…となると遊びたければ、勉強を嫌でもするしかない。

単純な理屈である。

以前、父さんの大学時代について聞いたことがある、

「いやー父さんの頃は遊び惚けてたよ。大学は人生の夏休みだった」

「それどういう意味だよ?」

思わず聞き返した。

「いや、そのままの意味だけど?」

「勉強しなきゃ、トークンの価値が落ちるじゃんか」

「父さんが学生の頃は、個人トークンなんてもんはなかったからな」

「じゃあ、どうやって遊ぶ金を手に入れてたんだよ」

「アルバイトか親の金かな」

「ずりー」

本当に昔って最高だったんだなと

父さんのほろ酔いしたり顔からすぐ想像出来た。

さて、俺の学部はここか。

式にまだ時間があったが、早めに自分の学部の場所のイスに座った。

「君は時計技師になりたいのかい?」

隣に座っていた丸渕眼鏡の背の小さそうな男子が、突然話しかけてきた。

「そうだけど…」

「そうなのか、金井京一郎。よろしく」

「はあ、どうも」

とりあえず、差し伸べられた手を握り返す。

「ところで君さ、腕時計ってつくったことある?あのねじの細かいところを

作るのが、なかなか尺でさ…あっ、でもそこがいいんだよね。あの苦労の後に

小さな部品を組み合わせて時計に息を吹き込んでいく感覚がさ…、

あっそういえば

最近時計用の工作機械を買ったんだけどさ…」

長いし、話が分かりづれえ。

途中で話題変わりまくってるし。

それに、髪の毛がベッタベタでぼさぼさの黒髪。

どこで、買ったんだ?

というくらいそれはそれは丸い縁の眼鏡。

いろいろ聞きたいことはあったが、その饒舌ぶりに

話の隙間を与えてくれない。

なんだこいつは…

とりあえず、適当に相槌でかわしながら様子を見ていると、入学式が始まった。

色々な演目があったが、予想通り入学式は退屈でつまらなかった。

先ほど、冗長に自己紹介してくれた金井君は頭をコクン、コクンとさせていた。

…こいつ寝てやがる…!

そのインパクトの強さから

入学式の印象は彼の存在が全てになってしまった。

そんな変人・奇人、金井京一郎とのかかわりはこうして始まった。

9.トークン評価はこの世の全て

入学式は、結局、退屈なまま

時間だけが過ぎて終わっていった。

その時間、実に2時間。

横の金井君の瞼はまだ重たそうだった。

あんまり、こいつとは関わらないほうがいいな…

そう身体の内側が叫んでいたので、そっと会場を後にする。

昼食を和也とともにした後、昼からの学科説明会に挑んだ。

横には金井君が座っていた。

「初めまして、この学科2人だけらしいね。僕は金井京一郎。

よろしく」

スッと手を差し伸べてきた。

「いや、さっき会場でもあったよね…?」

ものすごく、こいつの事を不審な目で睨んだ。

「あれ、そうだったけ?」

彼の眼はまっすぐ俺を見ている。

さっきの出来事をびた一文本当に覚えていないようだ。

彼はなかなかの曲者のようだった。

だが本当に、彼が曲者だと知ったのは説明会の最中のことだった。

登壇で話していた教授が、

「さて、毎年入学式恒例だが、個人トークンの価値が高い優秀評価者を

3名紹介する。まずは、第3位。バスケットボールのトークンを有する

大井 和也君だ。前へ」

見覚えのある長身がすっと前へと向かう。

…和也じゃねーか。

やっぱりすげーよ、あいつは。

学年全員で10000人は優にいるんだぞ。

和也はさわやかスマイルで他愛もないことをさらっとしゃべった。

あいつ、手抜いてやがるな。

長い付き合いの俺には、すぐ分かった。

だが挨拶が終わると、

「キャー」

という黄色い歓声が起こった。

…いや、なんか反応ちがくね?

違和感しか感じなかった。

2位は、メジャー注目の野球選手。

知らない奴だったが、もうすぐ、渡米するんだろう。

…こいつなんで、大学進学したんだ?

そんなことをふわっと考えていると

「キャー」

先ほどより更に強い黄色い歓声が起きた。

…いや、ここコンサート会場じゃねーし。

そんなこんなで2位までが終わり、いよいよ残すは一位のみになる。

会場が異様な空気に包まれる。

教授が口を開ける。

「そして、今学年の最優秀個人トークン保有者を発表する。

…金井京一郎君だ。おめでとう」

ん?

俺は耳を疑った。

すると、

「はい」

横の髪の毛ぼさぼさの彼が、とぼとぼと前へ歩いていった。

あいつ、何者だ??

俺は彼の存在が、よりこわくなった。

「金井君は、齢18歳にして独立時計師に認定されております。

本当にすごいことです。

また、作品を5品すでに公開されており、彼の名は世界にとどろいています。

はい、拍手」

割れんばかりの拍手が会場内を包み来む。

小さく手をたたきながら、

教授のくせになんで金井に敬語なんだよ…

そこが気になって仕方なかった。

彼は、ぼさぼさの髪をクシャクシャと掻きながら

「えー金井京一郎です。よろしくどうぞ」

一言ボソッと呟いた。

明らかにまだ眠たいのだろう…

饒舌は眠気の前に息をひそめた。

ぶっきらぼうの一言、一瞬空気は静寂に包まれたが、

「キャー」

今まで一番、黄色い歓声が起こった。

…いや、あいつ髪の毛ぼさぼさだぞ?

俺はこの時から身に染みて感じだす。

外見や容姿じゃない。

評価のトークン価値がこの世の全てなのだと。

10. 五月雨

ぶっきらぼうなスピーチが終わり、トボトボと彼は帰ってきた。

そしてイスに腰がふれるかどうかくらいで、

「それより、君の名前聞いてなかったね」

俺に声をかけてきた。

「尾上涼太だ、よろしく」

先の情報もあり、丁寧に挨拶せざる得なかった。

「うん、よろしく。それより、君はどんな時計が好きなんだい?

僕は、ジュルヌのグランソヌリなんかすごいいいと思うんだよね。

あの個性の権化っていうのかなぁ…好きだなあ、

あとは、トゥールビヨンなんかも痺れるよね。

あの複雑さを兼ね合わせた簡素さ。

やっぱり美ってのは全てをムダなモノを取り除いてこそなんだよね。

涼太くんはどう思う?」

…何言ってるのかほぼ分かんねえ…

でも、このまま分からないと素直に言うのも尺だったので、

少し意味ありげな頷きを、間たっぷりに入れた後、

したり顔で

「やっぱり、フィリップのモデルは最高だよ」

ありったけの知識を彼にぶつけた。

すると、俺の眼をまっすぐに見つめて、赤ちゃんのように無邪気な笑った。

「君もそう思うかい?」

その後、金井はおそろしく饒舌になった。

そのあとも、

10分くらい説明会そっちのけで時計の事を話していたが、

1割も金井の言っている内容を理解できなかった。

少し悔しかった。

その悔しさから、説明会の休憩時間に、独立時計師のことを詳しく調べることにした。

「独立時計師とは主に1985年に結成された国際的な組織である独立時計師協会のメンバーである時計技師を指します。ブランドに所属することなく、個として独立しながら時計技師として働く職人の中でも、「天才」と呼ばれる一握りの人たちが参加を認められる団体です。

昨今、3Dプリンタなどの電子機器で、腕時計など簡単に作れてしまいます。

ですが、独立時計師協会の天才たちが製造する時計は、オリジナルのギミックや他に類を見ない超複雑機構など、それぞれに個性があります。そのため、コピーした腕時計などはるかに凌駕します。ファンにはたまらない逸品となっており、それを作成できる天才たちの評価はすさまじいものとなっています。」

天才か…。その響きだけでも、独立時計技師になりたくなった。

そういえば、さっき金井も5作品、腕時計を発表しているって言ってたな。

「金井京一郎。その独特かつ洗練された作品の数々に、目の高いコレクターたちも絶賛しています。特に、最新作である「五月雨」はその儚さと四季の情景を時計の盤面に最大限表現されており、至高の一品と名高いです」

五月雨。なんか、もう名前がカッコいいもんな。

俺も、いつかこんな作品をつくってやろうと思う。

いや、絶対に作る!!

そんな決意をしながら、画面を再び見やる。

「五月雨の価格は、現レートで約10BTCとなっています」

…俺は、今晩、金井に晩飯をおごってもらう事を決めた。(続)



11話へ続く

公開日:2018/06/07
獲得ALIS:15.04
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映画好きな、酒飲み

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