とけいの即興短編小説＜誕生！あご吉くん＞

このお話は人間界のはるか上空、神様の世界から物語は始まります。

「なんじゃ下界では、評価の可視化が流行っとるのかい？」

「はい、大神様。下界では何でも全自動で評価が数値化されるらしいですよ」

大神様はその話を聞きながらポリポリとケツをかきました。

「それってワシの仕事にも使えそうじゃの」

「いやでも大神様の仕事は神聖なモノでして、そういう…」

「なんか楽そうだから神の世界にも採用じゃの」

その一言だけ残して大神様は寒かったのか、人間界から輸入してきたコタツに

コロコロと床の上を転がりながら、滑り込んでいきました。

神様たちが下界のためにしなければならない唯一のお仕事は「輪廻転生」のサポートをすることです。

死んであの世に還った霊魂が、生前どのような生業をしていたのか調査して

次の生命を宿す場所を、実は神様が決めています。

他の神様が下した決定を、神様の頂点に立つ「大神様」が認めると、

次の生命へと魂が自動的に送られていきます。

「輪廻転生」の成立です。

ただこの仕事は、人間一人ひとりのデータを見て確認していくという

非常にめんどくさい作業でした。

大神様はこれが苦痛で仕方なかったようです。

先日の一言から、神の世界には大神様の一言で「徳」ポイントという制度が用いられるようになりました。

生前行った善行には「徳」ポイントを付与します。

逆に悪行には「徳」ポイントを没収します。

この総合「徳」ポイントの数値で、次の生命をまた人間に宿せるかどうかを判断していこうというものでした。

ただしこの「徳」ポイントの数値は、あくまで参考のものでした。

そのため「その行いの詳細をしっかりと確認してから、大神様がしっかり調整してください」と他の神様にかなり強く釘を刺されていました。

しかし、大神様は1秒でも長くコタツの中にいたい。

できれば、人間界のオレンジ色に染まった丸いモノをほおばっておきたい。

「大神様が仕事しないので、人間界のオレンジ色に染まった丸いモノは没収で」

「異議なし」

この間の神様決議会であまりに大神様が仕事をしないことを見かねて、大神様の唯一の楽しみは没収されていきました。

大神様は床の上をコロコロ転がりながら、

「また食べたいのう」

とだけ呟きながら一向に仕事しようとはしません。

コロコロと転がり続けています。

没収の効果はなかったようです。

大神様の悲しみは収まる事を知りません。

これに見かねた神様たちが

「分かりましたよ、大神様。次の魂の仕事をしっかりしたら、没収は解除するので頑張ってください」

「ほんとかの？」

「ほんとうですよ」

「ひゃっふーい」

大神様の悲しみはどこかに消え去ってしまいました。

魂の画面をじっと見つめています。

ここまで真面目に仕事をしている大神様は滅多に見ることが出来ません。

考慮時間、実に3秒。

「うむ。この魂は－50000徳ポイント。わしが勝手に決めたルールでは人間にはなれない数値じゃ。来世はイカで」

「いやなんでイカなんですか。大神様」

「最近美味しいイカを食べてなかったからかの」

「ダメですよ、はいやり直し」

「えー」

大神様はむくれています。

「いやワシの目には、この魂はイカにピッタリじゃよ」

「大神様、この魂の生業しっかり見て下さい。少し特殊ですよ」

他の神様がなんとか大神様に仕事させようと促します。

ちなみにこの魂の数値はなかなかの大罪人でした。

－50000徳ポイントという数値は、人を殺めるという行為を5回しないと到達出来ないくらいひどいもの。

それはそれは、とんでもないことでした。

「こやつは―50000じゃし、人間には出来ないしのう」

「大神様、備考欄になんか書かれてますよ」

他の神様に指摘されて渋々、備考欄を読む大神様。

「なになに。この魂は、人を殺めていません。…なんじゃと？」

「じゃあこの魂。いったい何したんですかね？」

他の神様たちは備考欄に興味津々です。

ですが、大神様の疲労ゲージはもう満タンでした。

興味はさっきなんとなく言ったイカに移っていってしまいました。

「はあ、仕事疲れたのう。イカの刺身食べに行かんかい？」

「大神様、まだ途中ですよ」

「えーじゃあ、きみ。この魂が生前したこと調べといて」

「それは大神様の仕事ですよ」

「わしは今からおいしいイカのお店を下界から探すという重大任務があるんでのう」

「この魂の輪廻転生を決めてから見て下さい」

「決めた！こやつの来世は、白く透き通ったアオリイカじゃ！出来れば刺身で味わってもコリコリとした触感と甘みを味わえる美味しいイカにしてやろう」

「…分かりました。大神様の代わりに見ときますから」

「ひゃっふーい」

大神様はコロコロとまた床を転がり始めました。

「大神様、分かりましたよ！この魂がしてきたことが」

「なんじゃった？」

大神様はまだ転がっています。

「ポイ捨てです！」

「ポイ捨てじゃと？」

大神様はあまりの驚きに、転がるのをやめてトボトボ歩いて戻ってきました。

「ポイ捨ては確か－1徳ポイントに設定したはずじゃ」

「そうですね」

「こやつポイ捨て以外の悪行は？」

「ないようです」

「もう一度聞こう。他の悪行は？」

「ないようですね」

「すると、こやつポイ捨てだけを5万回したのかの？」

「みたいですね」

あまりの衝撃の事実に、大神様はその場で大爆笑しました。

そのあまりの声の大きさに

「なんだ、なんだ」と

わらわらと他の神様が集まってきます。

「ポイ捨て5万回？」

「そんな魂、今までみたことがない」

勝手にこの魂の来世談義が、大神様を差し置いて始まってしまいました。

「来世は何かカルマを背負わせてはどうだろう？」

「イカですか？」

「それはあまりにも残酷ではないか？人も殺めてないようだし」

「じゃあ人間にしますかね？」

「にしてはひどい数値ですよね」

ワイワイガヤガヤ。

「どうしますか大神様？あれ大神様？」

大神様は隙を見て、転がりを再開していました。

あまりにも退屈だったのでしょう。

先ほどより転がる速度が上がっています。

神様たちは呆れて、思いっきり囲い込んで大神様のスピードを殺しました。

突然止められた大神様。

床に顎を強打してしまいました。

「はい、大神様。仕事ですよ」

「顎が痛い…」

「どうしますか？普通の人間にカルマを背負わすという案が出てますが」

「よし。それじゃ顎をこれでもかというくらいに伸ばそう」

大神様は顎をさすりながら、むくれています。

「それじゃまだ弱い気もしますね」

「では名前を顎田剛（あごたつよし）で決定じゃ。あごが強くてよさそうじゃろ？」

大神様はまだ急に止められた事に恨みを持っているようです。

「なんか適当ですね」

「ほい。じゃ、決定じゃの」

ポチっと決定ボタンを押しながら、大神様はオレンジ色のモノの在り処を勝手に物色し始めました。

ちなみにそんな所には隠していませんよ、大神様。

こうして下界に誕生した顎田剛（あごたつよし）。

通称あご吉（あごきち）くん。

彼のカルマはいつ解かれるのでしょうか？

とりあえず、イカにならなくて良かったね。

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