「文章を書くことが近い」ことに書いていて気づいた話

軽くブログ歴とか、書くことについてアウトプットしてみます。

自己紹介がてらということで。

その前に

とはいえ、ALIS的に信頼蓄積という意味では、多分今の流れもですが、

・誰が書いているのか

・どういう人なのか

・何を意図してるか

みたいな書き手がめちゃくちゃ大事になってきていると思います。

1995年頃からインターネット普及からの、Google等のサービス、スマホ、回線高速で4Gなどで、一気にスマーフォトンも普及して、一周してきた印象です。

一周というのは、当時を知っている人は、ネチケット=ネット+マナーみたいなのがあったんですが、今では死語化しているはずです。つまり死んでる。

当然そういうものが社会的というか、普通のユーザーも使う中で習熟されていくでしょうと思っていたのですが、どうもそうでないと(笑)

実際は、Twitterで色々やらかして事件化するものがあったりと、そういうのって一部なんですが、なぜかと。理由は簡単ですが、その時に生まれた人が最適なデバイスやメディアを選んでそれで同様のことをやるだけだからですね。

昔でいえば、承認欲求や人に迷惑をかける行為=あらしがあったわけですが、今もなくならないですし、迷惑メールしかり様々なところであります。時代は繰り返すなあと。

そういう視点をもってかけるのは、ある種のアドバンテージでありつつ、時代をどう見てきたか、またはどう感じているか、見るかというのは一つありかなと感じています。

ブログ歴的なものを少々

長くなりましたが、少しずつアウトプットしていきましょう。

まずは、僕のブログ歴です。

1.就職活動時にブログを書いたほうがいいと言われたのかブログを書き始める

これがざっくり2003年頃ですかね。当時は就職氷河期か正確に覚えてませんが、ブログといえば、ドリコムblogとか、mixiという国産SNSが人気だったり、まだまだブロガーなんて言葉なかった気がします。

で、そこで僕もブログを勝手に始めます。ドリコムblogとは、今もドリコムって会社があるんですがそこですね。当時はMyprofileという自己紹介ペライチサイトみたいなのから派生しています。今はそういうドリコムblogってサービスはないです。

内容はなんだったかというと、雑文ですw

就職活動、大学での気付き、なんかあーだこーだ書いていました。ほぼアクセスはなかった気がします。

文章が自分の日記っぽくて、友人と話すことも面白かったのですが、自分の考えたことをアウトプットしたくてしょうがなかったんでしょうね。

ちなみにこの感じは今も消えずに続いてます。そう考えるとキモいかもしれませんw(良い意味で)

そこからいえば、サバを読んで16年くらいのブロガーとなります。すげえw

2.色々なブログを立ち上げる

ざっくりですが、アイデア系ネタを書いたり、まあブログを作っては消していたかのような。どちらかといえば、アウトプットをずっと違うブログや場所でやり続けていた気がします。

ブログではないんですが、メルマガ書き続けたり、別ブログを立ち上げたり、まあ書きまくったと。

そこでは、アフィリエイトだったり、GoogleAdsenseだったり、そこらへんも色々手を出しました。結果的に、それらでうまく稼げるイメージはなかったというのが大きいですね。

ものを書いた原体験的なものを

ブログ歴は面白くないので、次へいきましょう。

小学校で書いた日記から文章面白いと感じた

小学校5年だったと思いますが担任の先生がI先生というのですが、彼が良かった。毎日日記というか生徒にノートを渡して文章を書かせたんです。なんでも良いからと。

僕自身は話すのは普通だと思っていましたが、どうも「書く」ほうが表現できるのと、毎日の発見とかが楽しかったです。先生と一対一の文通みたいな感じがスリリングでした。

今も変わらないのでしょうけど、集団や学級とかって、自分を出していくのって結構たいへんですよね。教育の仕方もあるのでアレですが、文章なら出していけるぞみたいな感覚がありました。

同時にプログラミングも

当時はN88-BASICとか、最近記念復活するBASIC-マガジンとか、そんなのが全盛の時期です。コンピュータをやる=プログラミングをする時代だったかと。これも運で、たまたま学校にコンピュータ部というのがあり、ガンガンゲームしていました。

学校でゲームする背徳感というかw今でも覚えてますね。もちろん先生の許可もらっていたわけで。こっそりなんでしょうけどね、先生的にも。

そのコンピュータ部の先生が異動したらコンピュータ部自体がなくなりましたw先生の私物だったということが判明します。

この頃からプログラミングも興味を持ち始めていて、結果的に持続してそのまま社会人まで持ったことになります。

書くってなんだ?

哲学的ですが、色々言えそうです。

言葉を発するリアルタイムな会話も面白いですし好きです。

文章で思考を整理しつつ、気づきを得るのも好きです。

人の文章を読んで疑似体験をしたり、そこから学びを深めるのも好きです。

書くこと、文字を読むことで、得られることは多く、ざっくりいって世界を広げる行為かなと思います。同時に存在を伝えることでもあるなあと。書くって。

例えば、ブログを書いてないとか、何も書かないときって物理的にあったりするんですが、そういう時もなんか紙に書いたりしていた気がします。日記とかつけるタイプではないんですが、書くのが好きなんでしょうね、原理的にw

そして、思考をまとめるとか、分析するとか、なんやかんや書いてみることで考えること、そう。考えることは書くことでもあるなあと思っています。

話して考えるのは結構しづらいのですが(単に短期記憶の限界ということも)、書けばメモリーを気にせずいけると。そんなところかもしれませんね。

書いてないと死ぬみたいな感じになりましたが、僕自体は書く仕事をしたいと思ったことは1mmもないですね。なぜなら書くことがそのまま日常化しているからです(おぉ

文章を書くことに近いこと

書いててこんなツイートを思い出しました。

漫画家になるような人は 漫画を描くなんて大したことない と思っている人が多いです。

(上記漫画より引用、太字筆者注)

実際にその通りだなと。漫画家は漫画に近いからこそ、パワフルにそれが道具とか意識せずに使えるんですね。多分スキルの問題ではないかなと。

僕は文章で何か食べている人ではないですが、文章を書くことは近いな、これを見て思いました。近くするテクニックがあるよりも、ただただ近付こうとする。これって子供が大人の真似をするみたいな、言葉を真似るとかと似ていてなんか面白いですよね。

友人で文章を書いている人は彼も文章な仕事でないですが、書くスキルが高い。実際はなんやかんや書くことを仕事に役立てているはずですが。

別の友人もコンサルっぽくというか元コンサルなんですが、ガンガンアウトプットしています。この彼は資料づくりが好きみたいな方なのでまた種類が異なりますがw面白いですよね。10年来の友人ですね。

どちらの友人も書くことが近いです。書いてないから不調みたいな感じすらありますから。ご飯を食べるようにという感じが近いです。それってかなり好きな分野というか物事ですよね。僕も書いてないとチューニング出来ない感じがあります。

僕は書いてどこへ向かうのか

歴史家は調べたものを記録して世に後世に伝えようとするのが仕事のはずです。他にもあるかもしれませんが。

音楽家は音楽で人を感動させる、メッセージを伝えるのかもしれません。素敵ですよね。

文章が書ける人は何をやったらいいか。ぶっちゃけなんでも出来そうです。創作をして世界を作ってみるのもいいし、音楽の作詞もあります。新聞記者みたいに事実をまとめる伝えるのもありです。詩人は食えないですが、詩で心を揺さぶるのもいい。ラッパーも格好いいですね。

僕の立ち位置はコレとはいい切れないですが、少なくとも、現時点で、

文章をもって武器・道具として使い倒すことで、社会や世の中を観察して、それを丁寧に伝えていくことはわりかし出来るかなと思っています。

では、観察や伝えていくことって何か。

宗教か、政治か、スポーツか、ビジネスか、はたまた色々あります。特定のジャンルに決めてこれを伝えるのだというと力んで失敗することが多かったです。とはいえ、良くわからない何かになるとかも微妙なこともあります。

が、現時点で良くわからない何かでも、何か分からないけど、言い切れないけど何かいいって言えるのが「なんか良い感じの人」「なんかいい感じの言葉」「なんかいい人」って言語化できないものがあるならば、そこにぶっこんでいくのもありですねw

このあたりは、書きつつ、のんびりいこうと思います。

公開日:2019/01/11
獲得ALIS:7.96
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考える人。アイデアの可能性を大事にしていくために、日々アウトプットしていきます。山月記とか大好き。
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