先日、Libraに対して米国財務長官が発言した記事が話題になっていました。
記事中では財務長官が「Libraのローンチ前には規制当局の懸念を払拭してからじゃないと許さんぞ」というようなことを言っていますね。
個人的に、Libra最大の懸念は、その通貨の価値を保証するところが「Facebook社の安定(信頼)」によるというその一点だと思ってます。
(VISAをはじめとする企業が「関心」は示していましたが、結局はFacebook本体の信頼度に依存することは間違いありませんよね。Libra協会と権限の観点の検証も必要でしょうが、まあ細かい議論はここでは置いておきます)
個人情報流出の懸念とか、マネーロンダリング/テロ資金に悪用されるリスクとかが特に懸念材料として挙げられますが、それは企業が頑張るべきものであり、その信用性については国や政府機関に議論されてもあまり意味がないように思います。
だって、彼らにはその技術的な説明は、きっと簡単には理解できないでしょうし。
そこを怠るのであれば、消費者はそのサービスを使わないでしょう。使う人はリスクを考えて使うべきです。大体のサービスって最初はそんなものじゃないでしょうか。
(対策を講じるに際して国政府機関と相談することは必須でしょうし、それができないようではFacebookを誰も信用しないと思います。それは当然。でも、まだまともに話もしていないような状況で、名指しで否定的な意見を述べるというのはあまり楽しくないですね。印象操作っぽくて嫌いです。)
あと、Facebook本社を持つアメリカが批判的な立場をとっていることが気になるんですが、そこはどうなんでしょうか。そりゃ規制や法整備は必須でしょうが、そんなの当たり前ですし、ノリノリになってもいいような気がする。(ドルの価値が下がることを警戒してるのは間違いありませんけれど)
蛇足ですが、上記事で一番驚いたのは、国務長官がさもBitcoinとLibraを並列かのように扱っているところですよね。
「私自身はあと10年はBitcoinを持つこともないし、財務長官として5、6年は話題にもしない」
とのことですが、Libraの批判をしながらなぜBitcoinに矛先が向くのか。仮想通過ひとくくりにして見てませんか?大丈夫?
10年個人的に持たないという話は勝手にしてくれなんですが、
財務長官として5、6年という発言には責務が伴うものではないでしょうか。どういう論拠から出てきた数字なのか非常に気になりました。
きっと、色々想像を超える国側から見た技術的な懸念点があるのだろうとは思います。それは勿論、大いに議論検討して払拭していただきたいです。
一方、政治家の皆様が自分で理解できないが故に頭ごなしに否定しているかのように見えてしまうことは残念ですよね。
ご老人が「儂はケータイなんて持たん!」と言っているように見えます。
そうではなく、深い議論の表面だけが我々に見えているのだと信じたいですけれど。
それではまた。
追伸:
最後まで読んでいただいて有難うございました。
仮想通貨の記事は大抵の場合、否定的な意見が目立ちますよね。技術屋の皆さんが考えたり盛り上げたり検討しても、政治家や国の制度に叩かれて大人しくなるという状況を頻繁に目にします。
古臭いSIerの経営者V.S.エンジニアみたいな構図ですね。
偏見ですが、この手の話においては「よく理解できていない」人ほど否定的な立場を取るように思います。勿論、理解できない人にメリットを説明するのもエンジニアの仕事の一部ですが、国をあげてCTOみたいな立場を制定したほうが良いんじゃないかと考えたりしてしまいますね。(そういうの、もうあるんですかね)
また書きますので、よければ是非。