こんにちは。ALIS CEO 安 (@YasuMasahiro)です。
革命的な市場(Radical Markets)...はいわゆる「政治経済学」を見るときの斬新な方法、と表現することが一番しっくりくるだろう。どうやって市場と政治と社会が交わるべきかという大きな問題に挑んでいる。私はRadical Marketsという本を強くおすすめしたい。特に、このような大きな問題に関心がある人、およびこの本が巻き起こす議論を楽しみにしている人達に。 -- Vitalik Buterin
こちらは、Ethereum創設者であるVitalikが「Radical Markets(革命的な市場)」という書籍に寄せたレビューです。彼がRadical Marketsに対して非常に高い期待を寄せていることが分かるコメントです。
実はこの「Radical Markets」という言葉、2018年に入ってEthereum界隈で急激に語られるようになっているワードです。
参照: https://tokeneconomy.co/visions-of-ether-590858bf848e
こちらの図は、Ethereumがどんな文脈で語られるのかを2014年から2018年にかけて色で可視化したものになります。文字が小さいので補足しますが、グラフを見ていただくと分かるように、Radical markets(エメラルドグリーン)が2018年に入り急激に割合を占め始めています。すでにICOs&STOs(ピンク)を抜き去り、dApps(青)やUtility tokens&crypto-collectibles(オレンジ)と並んでいるほどです。
しかしながらこの書籍、今は英語でしか出版されておらず、日本で言及されていることはほとんどありません。これだけの盛り上がりを見せている「Radical Markets」一体その正体は何なのでしょうか。
本記事では、書籍の内容を意訳し、その面白さについて皆様にご紹介いたします。
非常に内容がボリューミーなため、今回は第一章のみをご紹介いたします。この第一章がブロックチェーンやスマートコントラクトと非常に相性の良い内容になっているため、一章だけでも十分に参考になります。
また、英語で長文ではありますが、Vitalikのこちらのブログも非常によくまとまっているため、併せて読むことをおすすめいたします。
目次
第一章:財産は独占である
# Property(財産)が経済をダメにする
# オークションが効率的資源配分を実現する
#「Harberger's tax」効率的資源配分と投資効率の両方を達成する新たな税制
この章の結論から先にお伝えしましょう。
「すべての物をオークション形式で競売にかけ、最も高い価格で入札した人がその物の一時的な所持権を得る。そのかわり、その物の入札価格に対して毎年一定の税金を収める必要がある。またこの所持権は常時オークションにかけられており、自分よりも高い価格で入札した人が現れた場合直ちにその所有権を渡さなければならない。このシステムを導入することにより、Allocative efficiency(効率的資源配分)とInvestment efficiency(投資効率)の両方が達成される形で、マーケットは今までにない経済効率化を実現することができる。」
いきなりヘビーパンチですがご安心ください、上記が何を意味するのか順に説明いたします。
Property is only another name for monopoly.(財産は独占の名前を変えたものにすぎない。)-- William Stanely Jevons
財産と聞いて真っ先に皆様の頭に思い浮かぶものはなんでしょうか。家、車、お金・・・様々な財産があるかと思います。
本書では「土地」を例に、財産というシステムの妥当性を論じるところからスタートします。
そもそも土地を財産として所有する、という行為は現代では当たり前の考え方です。しかしながら日本においては743年に墾田永年私財法が施行されるまで農民が土地を永遠に所有することは許されておらず(孫含めて3代までしか許されていなかった)、一昔前は全く当たり前の概念では無かったことがわかります。
本書では「土地の財産権」の経済へのデメリットは非常に大きい、ということを論じております。なぜならば、
・その土地をもっと有効活用出来る者が現れたとしても、土地の財産権所有者がその土地を売りたいと思わない限り、他者に財産権が移ることはない(たとえその者がいくら高額でも買い取る者だとしても)
・土地の財産権所有者が必ずしもメンテナンスを行うとは限らず、土地が本来生み出すべき経済活動すら生み出せないかもしれない
つまり、効率的資源配分の文脈でみると最悪だということです。
本書では財産権は独占である、とまで言っており、自由市場の中で「独占」は経済的に大きなマイナスであることは独占禁止法があることからも明確です。それほど、人々が財産権を所有することの損害は大きい、と提示しています。
では人々が財産権を所有せずに、一体どうするというのか?
ここで「オークション」の概念が出てきます。本書において非常に重要な概念ですので、少し長くなりますが解説いたします。
日本には有名なネットオークションのサービスがいくつかありますので皆様にも馴染みが深いと思います。経済学において最も重要な学問の一つであるゲーム理論でも度々オークションの話は出てきますが、オークションの経済学的意義は非常に大きいのです。
それはなぜか?「効率的資源配分」を達成できるからです。
まずは簡単な例を挙げます。
ある商品Aを500円で売りたいと思う「売り手」と、Aを1500円で買いたいと思う「買い手」が仮にいたとしましょう。彼らは1200円で商品を売買する事に合意した場合、売り手は「1200-500=700円」の利益を得ることができ、買い手は「1500-1200=300円」の利益を得ることができます。
つまり、この商品がやり取りされるだけで「700+300=1000円」が社会全体の利益として寄与することになります。これを「社会的余剰」と呼びます。
理論的には買い手と売り手の評価額の差が「社会的余剰」になります。実際の売買価格はいくらであっても、です。(例えば1000円で商品が取引されようが、(1500-1000)+(1000-500)=1000です。)
そして、マーケットでは「最も高い評価額をつける買い手」と売り手がマッチングし、交換が起こることで社会的余剰を最大化することになり、そのような配分を「効率的資源配分」と呼びます。
実際のオークションはより複雑かつ複数人が参加する形で、さらに様々な形態があります(イングリッシュオークション、ダッチオークションなど)。yahooオークションでお馴染みのセカンドプライスオークションを例に上げます。
そもそもセカンドプライスオークションは「一番高い価格で入札した人が、その人の次に高い価格で入札した人の価格で商品を落札できる仕組み」です。
セカンドプライスオークションにおいて、「効率的資源配分」を達成するために一番適切な戦略は、「自分が商品に払いたいと思う評価額を一回で入札する」ことです。ゲーム理論において各々のプレイヤーの戦略決定に用いられる利得行列を計算するとこの結論に至るのですが、説明にかなりの文章を割く必要があるため興味がある方はゲーム理論の書籍(ゲーム理論入門)等で調べてみてください。
少し余談ですが、理論のウェットな部分の話を。例えばyahooオークションの入札を見た時に、ある二人のユーザが争いながら入札し合っている様子は良く見られるかと思います。
これは、上記ゲーム理論に当てはめると全く合理的な動きではありません。なぜこのような動きになってしまうのか、その仮説は
・できるだけ安く入札すれば安く買えると単純に考えている
・入札者が評価額を正確に認識していない
などと色々考えられますが、必ずしも人々が理論的に動くわけではないという示唆の一つになります。
理論は理解しつつも、それを実践してみることもまた非常に重要である、ということですね。我々のサービスでも、常にこの「実践してみる」ということは大事にしていきたいと考えています。
少し話がそれてしまいました。要するにオークション形式を導入することで、「効率的資源配分」を達成することができるのです。土地の財産権がある場合に失われていた社会的余剰も取り戻すことができます。
さて、効率的資源配分を達成できるシーンにおいても大きな問題が一つ残っています。オークション形式にした場合、売り手がいくらでも価格を高くするという状態を防ぐことができず、事実財産権(=独占)と近い状態が起こりえます。例えばその土地をどうしても手放したくない場合はそうでしょう。加えて、本来は1000万の価値であると売り手が思っている土地を、もっと高く売りたいという欲望にまみれてしまい3000万で売る人も出てくるかもしれません。
そこで有効なのが「Harberger's tax」です。簡潔に説明すると、「自分が現在所有しているものの価格を自分で決める。その決めた価格に対して、一定の税率の税金を課す。また、その価格よりも高い価格で買い取る人が出てきた場合、その人に所有権が移る」仕組みです。このHarberger's taxを導入することで、効率的資源配分を達成しつつ、いくらでも高い価格で自分自身の土地を評価できてしまう問題を回避することができます。
こちらも大事な話ですので、本の例を参考に少し詳しくお話いたします。
Anaという人物が自分の家を大変気に入っているとします。しかし、このHarberger's taxのもとでは、Anaの評価額よりもより高い金額で入札をしてくる他の人がいるかもしれません。そのような人が現れ所有物に対して入札・所有権が移る確率をturnover rateと呼びます。ここでは仮に、税率とturnover rateの双方が30%であると仮定しましょう。
もしAnaが自分の評価額よりも⊿Pだけ評価額を上げたとしましょう。この時得られる利益(本書に合わせる形で利益と書いていますが、期待値と思っていただいても構いません)は0.3⊿Pです。増える税金に関しても同様に0.3⊿Pとなり、価格を上げた分と税金分がちょうど相殺される形になります。
一般的に、税率<turnover rateの場合、所有者は実際の金額よりも値段を高くつけるインセンティブが生じます。この場合、値段を上げるほど、所有者の利益(≒期待値)は上昇するからです。(税率0%の場合が極端な例ですが、冒頭で申し上げたオークション形式でいくらでも高い金額をつけることが出来る状態です)。
税率とturnover rateがイコールの場合、所有者は正直に自分の評価額を申し出るインセンティブを持ちます。こうして、効率的資源配分を達成しながらも所有者が正直に評価額を設定するという状況を作り出すことができました。
しかしながら、ここで疑問に思う人がいるかもしれません。結局Harberger's taxでは投資効率を達成できないのでは?と。つまり、来年自分の所有物ではなくなるかもしれない土地をわざわざ自分で改善したいという欲求が産まれないのでは?ということです。
例えばこれからの一年にスコープを絞って以下の問題を考えてみましょう。
あるアセットの価値が1000万円として、750万円を投資することで2000万円にアセットの価値を上げることが出来るとします。ここでもturnover rateと税率が30%であると仮定しましょう。彼女は正確に評価額を2000万円であると申告しますが、30%税率がかかるため300万円を税金として支払わなければならず、投資から得たリターンである1000万円-750万円=250万円を上回ってしまい50万円損をするため、この投資は理にかないません。
ただし、これは税率を変えることで回避できます。例えば税率を10%にすると100万円しか払わなくて済むため結果として150万円得をし(計算は省略します)、これは投資に値します。
ここでまた疑問が出てきます。税率を下げるとなると結局所有者は実際の評価額よりも高い評価額をつけることになり、効率的資源配分を犯すことになるのでは?と。
ここが一番のkeypointだと本書でも述べられているのですが、税率が減らされた時に改善する投資効率と失われる効率的資源配分を比較すると、改善される投資効率のほうがプラスになるためトータルでプラスになると示されています。その理由は、最も価値のある取引(効率的資源配分を達成する取引)が発生するためには購入者が販売者の評価額よりも大きな評価額で入札することが必要である前提のもと(オークションの話を思い出してください)、そういった取引を発生させるためには少しでも値上げ幅を少なくすることが重要であるからです。独占されている状態で失われている社会的負債(social loss)はこの力を活用することで二次的に改善されることが示されています。5/9 = (3^2 - 2^2)/(3^2)もの失われていた資源配分が改善されるだけでなく、投資に対する障壁も排除されると本書では述べられています。
Vitalikも上記内容を自身のブログで取り上げた上で、
This concept of quadratic deadweight loss is a truly important insight in economics(この二次的な死重損失の概念が、経済学の中で非常に重要な洞察である)
と言っていますが、このあたりの説明が非常に込み入っているため、より正確に理解された方がいらっしゃいましたら是非コメントいただけると幸いです。
ということで、常にオークション形式に晒されながらも効率的資源配分と投資効率のトータルがプラスで達成できるという夢のようなシステムが出来ました。ラディカルマーケットの面白さを少し感じていただけたのであれば幸いです。
本書によると、アメリカの経済単独でも少なくとも現在の25%以上である数兆ドル(数百兆円)の経済インパクトが出るだろうということが書かれてあります。
本書の中ではもう少し細かい話も書いてあり、「本当に持ち家がいきなり他の人に渡っちゃうのは流石にまずいのでは?」という質問に対し、入札後一定期間所有権を留めておけるようにすることで回避する解決策等も記載されていますが、全て書き始めるとキリがないのでご興味のある方は本書をお手に取ってみてください。
財産権の所有という概念が無くなることは一見ドラスティックなことなので不安に思われる方も多いかと思いますが、本書では「家のローンを払えなかったら銀行に持って行かれるし、賃貸だったらいつ追い出されるかわからないし、そんなもんよ」と明るく小さな問題として片付けています。こういった既成概念がまさにRadicalなアイデアを阻むことにつながるので、フラットに考えたいところですね。
このHarberge's taxの考え方を社会実装するにあたって、スマートコントラクトやブロックチェーンは非常に相性が良いのでは、と個人的には感じております。実社会に適用する際にスマートコントラクトを利用することはもちろんですが、最近良く議論されているGovernanceに関しても活用できるシーンがありそうだなとも思います。適用範囲は様々考えられそうなので、面白そうなアイデアが浮かびましたら是非シェアしてください。
さて、第一章だけでもこのボリュームですので、第二章以降はどこまで詳細に述べるか私自身大いに迷っておりますが、第2章のRadical Democracy(過激な民主主義)と第5章のData as Labor(労働としてのデータ)あたりは私の興味関心および業界への有用性という点で非常に面白いため、可能な限り説明したいと考えています。
英語の書籍であり、経済学の専門用語が多分に用いられているため精読には少々骨が折れました。この記事が好評でしたら、引き続き第二章以降も記事にいたします。
書いた人:ALIS CEO 安 (@YasuMasahiro)
*記事の内容が面白かったという方、ぜひTwitterフォローお願いします!
・間違いの指摘や反論など大歓迎です
・この記事は、運営による記事のためいいねによるトークン配布はありません
・ALISではエンジニア・R&Dメンバー絶賛募集中です 😉