食べ物を摂取するということは、体内で複雑な化学反応を経て栄養となり吸収されていくことにつながります。
現在の科学ではそのメカニズムの完全な解明には至っていませんが、ある特定の物質を制限すると、どのような反応が起こるのかを予測することはできます。
中には人間の身体では実験できないような食事の方法もあり、そういった場合はマウスやラットなどの動物に頼ることが専らです。
今回紹介するのは、ヒトにおける必須アミノ酸であるイソロイシンの摂取を絶ったマウスに起こった変化についての研究です。
以下にまとめていきます。
参考記事)
・Cutting Back on One Amino Acid Increases Lifespan of Mice Up to 33%(2024/03/20)
参考研究)
・Dietary restriction of isoleucine increases healthspan and lifespan of genetically heterogeneous mice(2023/11/07)
米国ウィスコンシン大学によるマウスを使った研究では、特定の必須アミノ酸(イソロイシン)の摂取量を制限すると、老化の影響を遅らせたり寿命を延ばすことが可能であることが示されました。
イソロイシンは、体内でタンパク質を構築するために使用される3つの分岐鎖アミノ酸(BCAA=Branched Chain Amino Acid)のうちの 1 つです。
私たちが生きていくために不可欠の化学物質ですが、人間の細胞はこのタンパク質を体内で生み出すことができません。
そのため、卵や乳製品、大豆や肉などの食べ物から摂取する必要があります。
また、ウィスコンシン州の住民を対象とした2016〜2017年の調査では、食事によって摂取したイソロイシンのレベルが代謝の健康と関連しており、BMIが高い人は一般にはるかに多くの量のイソロイシンを含むアミノ酸を摂取していることが判明しています。
米国ウィスコンシン大学の代謝の専門家であるダドリー・ラミング氏は、「私たちの食事はカロリーを摂取する以上に“別の何か”を摂り過ぎることの影響力を受けている可能性があり、研究ではその摂取し過ぎているある成分について詳しく調べてきた」と述べています。
今回の研究では、様々な遺伝的性質をもつマウスを対象に、20種類の一般的なアミノ酸を含むエサ、すべてのアミノ酸が約3分の2減少したエサ、イソロイシンのみが減少したエサのグループに分けそれぞれの様子を分析しました。
実験開始時のマウスの年齢はおよそ6か月で、これは人間でいうところの30歳に相当します。
マウスはグループごとに与えられたエサ好きなだけ食べることができました。
この食事コントロールの結果、イソロイシンを制限したグループのマウスは健康寿命と寿命そのものが延び、虚弱性が軽減され、好きなだけ食べたにもかかわらず痩せ痩せる傾向にあり、血糖コントロールも促進されました。
イソロイシンを制限しなかったマウスと比較すると、オスのマウスは寿命が33パーセント延長し、メスは7パーセント延長しました。
これらのマウスは、筋力、持久力、血糖値、尻尾の使い方、脱毛などの健康に関する26項目で高いスコアを記録しました。
このグループのオスマウスは加齢に伴う前立腺肥大が少なく、マウスに共通する悪性腫瘍(がん)を発症する可能性が低いことが分かりました。
また、興味深いことに、イソロイシンの少ない餌を与えられたマウスは、他のマウスよりも明らかに多くのカロリーを摂取しました。
活動レベルに違いはなかったにもかかわらず、彼らは体重が増えるどころか、痩せ型の体型を維持しました。
研究者らは、食事療法または薬学的手段のいずれかによって人間のイソロイシンを制限すると、同様の老化防止効果が得られる可能性があると考えていますが、実際に人間でテストするまでは確かなことは分かりません。
あらゆる生物が行う食事は信じられないほど複雑な化学反応が行われます。
一般的にタンパク質の摂取を制限すると、マウスや人間の体に悪影響を及ぼすことがほとんどです。
さらに、人によって獲得している酵素や腸内細菌なども変わるため、栄養の吸収や効果に差があることも考慮に入れる必要があります。
ラミング氏は、「低イソロイシン食に切り替えるだけでは、健康や寿命に効果があるかを測ることは難しい」と述べる一方、「これらを理解することで生物学的プロセスの究明に近づくことができ、イソロイシン阻害薬などによるヒトへ影響の理解も深まるだろう」と研究の将来性についてもまとめています。
この研究はCell Metabolismにて詳細を確認することができます。