自然豊かな場所で深呼吸をすると、不思議と気分が良くなることがあります。それは単なる空気のきれいさだけが理由ではないかもしれません。
これまで栄養素といえば、私たちは食事から摂取するものと考えてきました。
しかし、今回『Advances in Nutrition』に掲載された最新の論文によると、“人間は空気からも栄養素を吸収する可能性がある”ということが主張されています。
この発見は、栄養学における新しい知見を切り開くかもしれません。
以下に研究の内容をまとめていきます。
参考記事)
・Your Body Can Absorb Vitamins Directly From Air, Evidence Shows(2024/11/20)
参考研究)
・A breath of fresh air: Perspectives on inhaled nutrients and bacteria to improve human health(2024/10/30)
人間は1日に約9,000リットル、一生では4億3,800万リットルもの空気を吸い込むと推定されています。
このため、空気中に含まれる成分が微量であっても、長期間にわたる影響は無視できません。
これまで空気に関する研究は主に「汚染物質」に焦点を当てており、空気中の有益な成分についてはあまり注目されてきませんでした。
さらに、一度の呼吸で吸い込む栄養素の量がごく少量であるため、それが健康に意味のある影響を与えると考える人はほとんどいませんでした。
しかし、自然環境の中で深呼吸をすることが健康に良いとされる文化的な考え方は、科学的に根拠がある可能性が出てきました。
例えば、酸素は体の基本的な機能を支えるために必要な化学物質であり、栄養素といえます。
これと同じように、空気中の他の成分も体にとって有益である可能性があります。
研究では、空気中に含まれる栄養素を「エアロニュートリエント(aeronutrients)」と名付け、それを腸から吸収されることを「ガストロニュートリエント(gastronutrients)」と区別されています。
この新しい概念は、私たちの呼吸が食事の補助的な役割を果たし、ヨウ素、亜鉛、マンガン、ビタミンなどの重要な栄養素を体内に取り込む可能性を示唆しています。
では、空気中の栄養素が体に影響を及ぼす仕組みとは何でしょうか?
エアロニュートリエントは、呼吸によって鼻や肺、嗅覚上皮、咽頭部の毛細血管から吸収されます。
肺は腸と比較してはるかに大きな分子を吸収する能力を持ち、その大きさは腸の約260倍にもなります。
これにより、空気中の成分が直接血流や脳に届くのです。
たとえば、ニコチンや麻酔薬のような吸入薬は、体内に数秒で吸収されることが知られています。
これらの薬物は、口から摂取する場合に比べ、はるかに少量で効果を発揮します。
一方で、腸は摂取した物質を酵素や酸で分解し、その後肝臓で代謝するため、吸収に時間がかかります。
この吸収の違いを考えると、空気中の栄養素が効率的に体内に取り込まれる可能性が示されています。
特にビタミンB12のような栄養素は、エアロゾル化することで欠乏症の治療に役立つことがわかっています。
これは、菜食主義者や高齢者、糖尿病患者など、B12欠乏が多い人々にとって重要な発見です。
エアロニュートリエントの可能性を示す研究は過去にもいくつか行われています。
1960年代の研究: 洗濯工場の労働者がヨウ素を含む空気を吸った結果、血液と尿中のヨウ素濃度が高くなることが確認されました。
アイルランドでの調査: 海藻が豊富な沿岸地域に住む子供たちの尿中ヨウ素濃度が高く、ヨウ素欠乏症が少ないことが報告されており、これは食事ではなく空気中のヨウ素が原因と考えられます。
亜鉛やマンガンの吸収: 嗅覚を司る神経を通じて脳に直接運ばれることが確認されています。(マンガンは必須栄養素ですが、過剰摂取は健康に有害であるため、適切な吸収量を知ることが重要です。)
さらに、70年以上前の研究では、エアロゾル化されたビタミンB12が欠乏症の治療に効果的であることが示されました。
これは空気から栄養素を摂取する可能性を裏付ける重要な証拠です。
エアロニュートリエントの概念が広く受け入れられるためには、まだ多くの課題があります。
【自然環境での成分特定】
森林や海辺、山岳地帯などの空気中にどの成分が健康に良い影響を与えるのかを詳細に調べる必要があります。
これまでの研究は、汚染物質や花粉などの有害物質に焦点を当てていたため、有益な成分に関する情報が不足しています。
【安全性と効果の検証】
空気中の栄養素がどのような量で吸収されるのか、またその安全性や効果を確認するための実験が必要です。
特に、ビタミンDなど他の栄養素をエアロゾル化して栄養不足を補えるかどうかを探ることが重要です。
【現代の環境への適用】
飛行機や病院、宇宙ステーションのように空気が高度にろ過される環境で、エアロニュートリエントをどのように活用できるのかを検討することが求められます。
これにより、閉鎖的な環境での栄養摂取方法が改善される可能性があります。
将来的には、呼吸による栄養摂取が新たな健康ガイドラインに加えられる可能性があります。
例えば、「自然環境での深呼吸を週に何時間行うべきか」といった具体的な指標が提案されるかもしれません。
また、エアロニュートリエントを補うための技術が進化し、私たちの生活に取り入れられる可能性もあります。
この発見は、都市化が進む現代社会において、自然とのつながりを見直すきっかけになるかもしれません。
健康を維持するために、自然環境の中で深呼吸を楽しむことがこれまで以上に重要になるでしょう。
・エアロニュートリエント: 空気中に含まれる栄養素を呼吸で取り込む仕組み
・1960年代からの研究によって、空気から栄養素を吸収している可能性が示されている
・今後課題として、空気中の有益成分の特定、安全性の確認、現代環境への適応可能が模索されている