人生の成功にもっとも必要なのは、頭の良さではなく、「誠実性」である
「獣と調理師」とは、「人間の心は2つに分かれている」という事実を比喩(メタファー)で表したものです。
例えば、あなたが「仕事をすべきだが酒を飲みに行きたい」と悩んでいるときに「仕事をしよう」と主張するのは前頭前皮質の役割で、辺縁系はひたすら「酒だ!」と駄々をこね続けます。「貯金が必要だが旅行に行きたい」といった状況なら、前頭前皮質が「貯金派」で辺縁系は「旅行派」です。
本書で使う「獣と調教師」も、この流れに沿ったものです。
獣は「衝動」や「辺縁系」に当たり、調教師は「理性」と「前頭前皮質」に相当します。本能のまま好きに動く獣を、調教師がどうにかして操ろうとするような、そんなイメージです。
目の前のタスクに気が乗らず、そもそも作業のスタートラインにすら立ててない状態は、誰にもおなじみでしょう。
このステップで必要なのは、「自己効力感」と「モチベーション管理能力」の2つです。
自己効力感とは、「自分は難しいことでもやり遂げれるのだ」と自然に思える心理状態のこと。この感覚がないと簡単な作業でも難しく感じられてしまい、はじめの一歩をふみ出せなくなります。
モチベーション管理能力とは、気が乗らないタスクに取り掛かるためには、どうにかしてやる気を引き出して、気持ちを高めていく作業が欠かせません。
これらの障害をクリアできたとしても、次なる試練があなたを襲います。
ここで問題になるのは「注意の持続力」です。テキストにひたすら意識を向け続ける能力のことで、専門的には「アテンション・コントロール」と呼ばれています。
注意の持続力は人によって異なりますが、成人の限界は平均でたった20分だけ。この活動限界を伸ばすのは難しく、基本的には脳を効率よく使うスキルを学ぶしかありません。
しかし、集中力を削ぐのは外部の誘惑だけではありません。あなたの脳は、内面の記憶によっても簡単に意識をそらされてしまいます。
例えば、勉強中に「チンギス・ハンが1211年に遠征を開始した」との文章を読んだとしましょう。すると、あなたの脳は、その直後から「チンギス・ハン」からの連想される記憶をいくつも呼び起こそうとします。
それが「フビライ・ハン」「元寇」、人によっては「こないだ食べたジンギスカン鍋はうまかった」のように無関係な記憶が現れるケースも珍しくありません。そこから脳はさらなる連想をスタート。「他に美味しい店を探してみよう」や「自宅でできるレシピはないか?」などと暴走を始め、あなたの集中力は崩壊します。
この段階で必要なのは、「セルフコントロール能力」です。無意識でうごめく無数の記憶に立ち向かうには、自己を律し続ける能力が必須でしょう。
つまるところ、私たちが日常的に「集中力」と呼ぶ能力は、いくつものスキルがからみあったものです。
作業の手前では自己効力感とモチベーション管理能力を必要とされ、いざとりかかったあとには注意の持続力が欠かせず、タスクの完了には絶え間ないセルフコントロール能力まで要求される。
その複雑なプロレスを、多くの人はなんとなく特定の力として捉えているにすぎません。要するに、「集中力」という単一の能力は存在しないわけです。
「獣と調教師」のメタファーは、そんな土台に相当します。いわば「集中力」の正体を大きくつかむの思考のフレームワークです。
①難しいものを嫌う
②あらゆる刺激に反応する
③パワーが強い
獣が難しさを嫌うのは、エネルギーの浪費をふせぐためです。
獣は情報の並列処理が大の得意で獣のデータの処理力がないと、人間はまともに生活できません。
獣は秒間1100万もの情報を処理し、瞬時にあなたの体を乗っ取るパワーを持ちます。
①論理性を武器に使う
②エネルギー消費量が多い
③パワーが弱い
調教師はデータの直列処理しかできないからです。
調教師の働きは脳のワーキングメモリに大きく依存します 。
ワーキングメモリーとはごく短期的な記憶を頭の中に保つ脳の機能で処理した情報の中間結果を一時的に置くために使われますつまり脳内のメモ帳のようなもので長い会話をしたい時や買い物リストを覚えておきたい早く暗算をしたい状況なのでは欠かせません 。
パワーが弱いという特性については、とっさの状況に対応するスピードを持たず、獣に立ち向かうために多大なエネルギーを使い最大の武器である論理性の刃ももろいのだから、結果ははっきりしています。いかに進化の成り行きだとはいえ、現代人にとってはまこと厳しい結論だと言えるでしょう 。
集中力の向上のための三つの教訓
第1の教訓:調教師は獣に勝てない
第2の教訓:集中が得意な人など存在しない
第3の教訓:獣を導けば莫大なパワーが得られる
問題なのはそんな獣のパワーが、情報を激増する現代社会で機能不全を起こしているところです。
「情報量が激走する社会では、人間の集中力こそが最も重要な資産になる」
あなたの仕事を「クソゲー」にしてしまう二つの要素
①不毛なタスク
②難易度エラー
不毛なタスクは、「この作業は何のためにやっているんだろう・・・」や「この仕事で何が得られるのだろう・・・」などと、思わず疑問を持ってしまうようなタスクのことです。報酬そのものに意味が感じられなければ、エネルギーがわかないのは当然でしょう。
難易度エラーは、タスクの難しさが自分の能力に適しているかどうかを問題にしています。
ベストな集中力を保つには、 難易度なんとか解けそうなレベルにする。
・「リバースプランニング」
目標達成までのサブゴールド期日を設定します。しかし、普通に現在から未来に向かって計画を立てるのではなく、最終の目標イメージから現在にさかのぼる形で短期目標を決めてください。目標から逆算すること。
・「デイリータスク設定」
もし「企画の概要を箇条書きで書く」という作業に集中できなかったらなら、「資料から使えそうな情報を抜き出す」→「抜き出した情報を箇条書きにまとめる」といったように、一つのタスクを2〜3に分解するわけです。
調教師は3つ以上の情報を一気に処理できません。とりあえず1日の作業は最大でも5つまでに収めておき、時間が余ったらそのたびに付け足すのが無難です。
・「障害コントラスト」
選んだデイリータスクを達成する際に、発生しそうなトラブルを書き出します。
例えば
・どんな考え方が目標の達成を妨げているのか?
・どんな行動が目標の達成を妨げているか?
・どんな癖や習慣が目標の達成を妨げているのか?
・どんな思い込みの目標の達成を妨げているのか?
・ どんな感情が目標の達成を妨げているのか?
「心理対比」と呼ばれるテクニックです。
20年に及ぶデータの蓄積を持つ技法で、目標に取り組むモチベーションを高め、 作業の集中力を上げる働きを持ちます。
「もう目標を達成したから何もしなくていいだろう」
ゴールまでの道のりを詳しく想像したせいで、獣が既に目標を達成してしまったかのように勘違いしたわけです。心理学的には「ポジティブ思考の罠」と言われる状態です。
「理想の未来を思い描こう!」や「根拠のない自信を持とう!」といった自己啓発系のアドバイスが失敗に終わりやすいのも、同じようなメカニズムが働くのが原因です。
「心理対比」は、この問題を解決してくれます。意図的にトラブルの発生をイメージしたおかげで、獣は「まだゴールについていないのだな」と認識し、そのおかげで前に向かうモチベーションを取り戻してくれるからです。
ポジティブ思考を使う時は、必ずネガティブ思考をセットにしてください。
・「障害フィックス」
例えば、
障害:「スマホの通知で気がそれる」対策「スマホの通知を全て切る」
障害:「とにかくやる気がわかない」対策「とりあえず5分だけ作業に手をつけてみる」
障害:「エクササイズをサボってしまう」対策「サボったら友人に罰金を払うと事前に決めておく」
・「質問型アクション」
「デイリータスク」について、それぞれ「 質問型アクション」を設定します。デイリータスクの内容を、次のフォーマットに変換してください。
・「自分の名前」は、「時間」に「場所」で「デイリータスク」をするか?
具体的な例
デイリータスク:企画書の文章の見直しする
質問型アクション:山田太郎は、午前9時に会社の自分の席で企画書の見直しをするか?
わざわざタスクを質問形式に変えるのは、「問いかけ行動効果」と呼ばれる心理現象に基づいています。その名の通り、宣言文よりも質問文の方が影響力が強いという事実を示す専門用語です。
「宣言文よりも質問文の方が行動を変える力を持ち、その作用は6ヶ月が過ぎても続く」
との報告が得られています。
「質問型アクション」で集中力が上がるのは、質問文の方が、 獣へ訴えかける力が強いからです。
・「現実イメージング」
質問型アクションを 達成するまでのプロセスを、できるだけリアルに頭の中に思い描くこと。イメージのディティールが細くなるほど集中力は上がります。「トレッドミルで走る時の足の裏の感覚」「企画書を作る最中に聞こえる周囲のノイズ」など、五感に訴えるような情景を細かく頭に浮かべること。
・「固定式ビジュアルリマインダー」
獣は目の前のものにしか反応しないため、定期的に「質問型アクション」のことを思い出させてやらないと、すぐに忘れてしまいます。
リマインダーの手法は何でもよく、スマホのアプリを使ってもいいですし、手帳に書き込んでも構いません。それよりも大事なのは、リマインダーを常に目に入る場所に置いておくことです。
リマインダーとは、作業のスタートを思いださせる機能よりも、一旦気がそれた獣の注意を引き戻す働きのほうが重要なのです。もし作業中に気がそれても、質問型アクションの文章が目に入れば、獣は本来の作業に戻りやすくなります。
ゲームやネットにふけってばかりの人生とは他人から獣を操られ続けることに他ならず、そこにあなたの本当の自由は存在しません。それが嫌なら、すべてを自分でコントロールする以外に道はないのです。