2018年10月30日に発表厚生労働省によって発表された有効求人倍率(季節調査値)が44年8ヶ月ぶりの高水準を記録した(前回は1974年1月)。その中でも特に注目したいのが正社員の有効求人倍率(季節調整値)が過去最高の数値(1.14倍)となったことである。
これは正社員として転職しようと思ったとき、これまでで最も多くの求人数がある時代になっているということを意味している。
なかでも強いニーズがあるのはやはりアラサー世代だ。実際総務省統計局の「労働力調査(2016年)」の転職者を年齢別に見ると、25歳~34歳が77万人と最も多く、転職者全体の4分の1を占める。
こうした自体は、転職を考える社会人からすると非常にポジティブな情報かもしれないが、そう思えない方々もいる。企業の経営者、もっと直接的には人事を担う方々だ。
4月1日の入社式に向けて、採用活動、入社決定者の配属や研修などに奔走する企業も少なくない時期だろう。彼らの頭にある「これだけ時間とお金をかけて採用した新人たちがたった10年もたたずに辞めてしまうのではないか・・・」という疑念はおそらく、年々増していっているはずである。
ではどうすれば彼らの転職を止めることができるのか?
「我慢が苦手だから」「移り気だから」「やりたいこと探しが好きだから」といった考えで彼らを捉えていては、実は彼らの本当の転職理由を掴むことはできない。
アラサー世代の転職者に転職の理由を聞いてみると、彼らはよく「自分らしいキャリア」という言葉が聞かれる。「自分がやりたい仕事」、「自分の個性が発揮できる仕事」、「自分ならではの仕事」を重視する姿勢が見て取れる。こうした若者たちの考え年配社員たちは、「下積みの時期やトレーニングがあってこそ、大きな実績や成果を出せる」という考えの下、転職していく部下を「わがまま」で「自分勝手」と思うケースが少なくないだろう。
こうした気持ちを「彼らの意識」だけで捉えようとするのは実は間違いである。その裏には「転職しようという意思意志が芽生えやすい社会構造に変化した」という理由がある。
若者の転職者の増加には大きな2つの社会構造がある「少子高齢化社会の到来」と「企業間競争のグローバル化」だ。
まず少子高齢化はそのまま、労働年齢人口の減少を意味する。国が経済成長を掲げるなかで、それを担う人材が減少しているのは致命傷といえる。「即戦力人材」という言葉を聞いたことがある人も少なくないだろうが、少ない人数で成長を維持できるよう、一人一人の人材ができるだけ早い段階から戦力として育つことを社会が求めている。
次に、企業間競争のグローバル化が、企業の経営環境を厳しくし、人材への投資余力を奪っている。これにより企業が人材を長期に雇用すること、さらには就職したあと一人前になるまでの育成の機会を企業が提供することが難しくなった。そして、こうした社会構造の変化により、できるだけ早く自律し、入社した会社の支援を受けることなく、自ら自分のキャリアを作り上げていける人材が求められることとなった。
こうした背景のなかで若者の転職意識に拍車をかけているのが「自分探しを前提とした“就職活動”」と「やりたいことを聞かれ続ける“キャリア教育”」である。
就職活動で学生が企業に提出するエントリーシート(ES)は平均で25枚前後、多い人は100枚近くに上る。ESでは「志望動機」と「自己分析」の欄が設けられているため、自分がやりたいことや強みを各社の理念や事業内容にあわあせて表現する必要がある。こうした「自己分析」というプロセスは、就職活動ではもはや当たり前となっているが、自己分析が行われだしたのはここ20年くらいのことだ。それ以前はどのように就職活動がなされていたかというと、学歴、大学歴、あるいは研究室、さらにいえば家族などの縁故を基準とした採用と選考である。企業への就職を目指す学生すべてに、求人企業すべての情報が届くわけではなく、クローズドな状況でやりとりが行われてきた。インターネットの発達などにより今では就職の門戸が開かれた代わりに、自己分析など、「自分を省みること」、「自分がやりたいことを考えること」が学生に強く求められるようになった。
そして、こうした就職活動の変化と呼応する形で発展してきたのがキャリア教育である。昨今、小学校に至るまでキャリア教育の弱年齢化が著しい。端緒は1998年の中学校学習指導要領の改定で、職場見学や職場体験が学校行事として導入され始めた。1998年の中央教育審議会の答申には文部省(当時)関連の政策文書に初めて「キャリア教育」という用語が使用された。そしてその後、ゆとり教育において「総合的な学習の時間」が導入されたのと呼応してキャリア教育はどんどん広がっていった。さらに2011年の文部科学省の中央教育審議会の答申で、キャリア教育を通して身につけさせるべき能力として「キャリアプランニング力」(自分のキャリアを自ら形成する力)が掲げられた。
20代~30代前半のビジネスマンは程度の差こそあれこうしたキャリア教育と就職活動を乗り越えてきた。彼らにとってキャリアとは「やりたいこと」や「自分らしさ」を土台にして描くものなのだ。そして、彼らが社会によって誘導された「自分らしいキャリア」を求めた結果、転職者が増えているのが実情なのだ。
こうした「時代」を生きてきた若者の転職願望に「全く君たちは根気がないね」、「石の上にも三年と言うんだよ」と言ったところで、「自分の人生は自分で切り開くので大丈夫です」と言われるだろう。
そうであるなら先輩社員はむしろ、彼らのキャリアをともに描いていくパートナーとして相談にのること、そのうえで彼らのキャリアにとって自社がいかに有益な場所であるかに共感を引き出すことが有効なのかもしれない。
「なんで我々がそんなことをしなければいけないのか!?」と憤る方もいらっしゃるだろう。
しかしこれはあながちコスパが悪いことではない。これまでの世代以上に「ソーシャルグッド」や「サステナビリティ」に高い意識をもつミレニアル世代が、アラサー世代以下の世代の彼らだ。ESG投資やSDGsなど、社会に対して「経済的利益」以外の価値創造が求められだして久しい今日、企業には変革が求められてる。
「アラサー世代はどんな会社で自らの自律的キャリアを実現させたいのか」、彼らとの対話を繰り返すことで、これまでとは全く異なる、新たな価値を創造できる組織づくりへのきっかけが得られるかも知れない。
それはおそらく10年先、あるいはそのさらに先を見据えた組織づくりの第一歩となるだろう。