伊丹十三といえば、こだわりの強い食通。その食へのこだわりは彼の映画やエッセイなんかを観たり、読んだありしたことがあれば、おもわずニヤっとしてしまうこの感じをお分りいただけるだろうか。
ちょっと人を小馬鹿にするような性格なのかななんて思わされるけれど、そんなことを感じつつも魅力的に思えるのはちょっとしたユーモアをまぜて悪口をいう伊丹十三だからこそ。
イタリー人が給仕していないイタリアン・レストラン、中国人が給仕していない中華料理店、で食事する味気なさは、たとえばイギリス人の給仕で、イギリス料理を食べるのに匹敵すると思うのですが…
日本で食べるスパゲティというのは茹ですぎていてフワフワしている。色んな具がはいって、トマト・ソースで和え、フライパンで炒めて熱いうちに供す。こういうスパゲティを伊丹十三は断じてスパゲティではないのだと豪語しているのです。ではでは、どういうものがスパゲティなのか。
『まず、イタリーのスパゲティを手に入れる』
これは素材からまず変えなければならんのだと言っているわけです。近所のスーパーで買えるマ・マーではダメなのだと。
『次に、手持ちの鍋の中から最大の鍋をえらんでお湯を沸かす』
大きい鍋が無ければ、洗面器(ホーローの洗面器はアフリカでは立派な鍋であり、食器でもありますね)でもバケツでもよいそうです。水は多いほどよいのですね。まぁ、わざわざ、専用の寸胴鍋は買わなくてもなんとかなりますよってことです。
『で、沸騰寸前に塩を一つかみいれる。』
沸騰したらできるだけ長いままでスパゲティをいれる。ポキポキ折っていれる方もいらっしゃるかと思いますが、長いままだそうです。理由はよくわかりませんが、なにか理由があるのでしょう。
『茹で加減は信州そばよりやや堅いくらい』
いわゆる、アル・デンテですね。スパゲティの一本を前歯で噛んで、スカッと歯ざわりのある感じ。
『茹で上がったら、大きなざるにサッとあける』
このとき、蕎麦のように水洗いなんかしちゃいけません。アル・デンテなので当たり前ですがカチカチになってしまいます。
『さぁ、味付けです。さっき空にした鍋にバターを投入』
まだ、熱い鍋にバターを一塊りいれます。ちょっとではありません、一塊です。火をかけちゃいけませんよ。まだ鍋が熱い状態なので、その熱でバターを溶かしましょう。
『そして最後に、そこに水をきったスパゲティをいれる』
スパゲティもまだ熱い状態なので、バターをよーく絡めるためにグルグルかきまわしましょう。
これで、できあがりです。いわゆる、蕎麦でいうところの「もり」です。スパゲティ・アル・ブーロと呼ばれるものですね。これにパルジャミーノチーズをおろして、一人大匙3杯くらいかけてお召し上がりください。
伊丹十三曰く、スパゲティというのは、白くて、熱くて、つるつるして、歯ごたえがあって、ピカピカしたものなのだそうです。これがスパゲティの基本で、このベースに、トマト・ソースをくわえてスパゲティ・ポミドーリにしたり、貝を加えて、スパゲティ・アレ・ヴォンゴレに仕上げていくんですね。
ちなみに私は伊丹十三こだわりのスパゲティも大好きでよく作って食べるのですが、日本の喫茶店で出てくるあのフワフワのスパゲティにあまーいトマトケチャップで仕上げたいわゆる「ナポリタン」なるものも、あれはあれで良いななんて思っています。
あのドシッとした甘い味が懐かしくて、それでいて優しくて、そこにタバスコなんかをほんのちょこっとかけて食べると甘さのなかに酸味がツンとたって旨い。これはスパゲティではないのだと知りつつも、コレはコレで、うんうんと無性に食べたくなる時があるんですね。