「敵に塩を送る」とは、敵の弱みにつけこまず、逆にその苦境から救う。
という意味で使われる故事で、武田信玄が塩不足で困窮していたとき、長年敵対関係にあった上杉謙信が塩を送って助けたという美談が由来とされています。
しかし、この話を聞いてボクは思いました
「おかしくないか?」
動乱の時代に何のメリットも無いのに敵対していた勢力にそんなことする?
という発想にいたり、実際に調べてみたこと記事にしました。
1560年の桶狭間の戦いに敗れた今川義元が打ち取られ
今川家は今川氏真が後を継ぐことになりますが、徳川家康が「義元が逝った今がチャンス!」と独立したことで今川家は三河を失います。
その後も今川領内では「俺独立するわ!」「もうウチは駄目だわ転職します!」といった不安定な状況が続いたことで
それを見てた武田信玄は「今川さんちなんかヤバそう、勝頼も織田家の子と婚姻したし見限るわ!」
といった感じで同盟を破棄し今川領内に攻め込みます。
これには氏真ブチギレ!北条さんにも協力してもらい
商人たちが武田領内で塩を売ることを禁止する「塩止め」を開始。
これによって海に面する領土をもたない武田領内は塩がないので食べ物が腐るなど様々な問題に苦しむことになります。「つまり塩不足の原因は武田の自業自得である…」
「塩止め」で武田領内が苦しんでる姿をみた上杉謙信はこう思った。
「これって塩を高値で売るビジネスチャンスじゃん!」
謙信は今川や北条に同調することなく、武田領内で越後の商人たちに塩を相場以上の値段で売らせ、上杉さんが儲けた!!
というのが現在の有力な説らしいです。
厳密に言うと塩を無料で送った証拠はないけど、謙信は塩を売ることを止めなかったことは確認できるようです。
個人的には「敵に塩を送る」というエピソードは
敵対していた相手でも塩を送って助けたという美談ではなく
敵対していた相手でも自分達の利益になるなら助けるという謙信のクレイバーな一面がわかるエピソードだと考えれば納得しやすいかな!(^^)!
『我々は推し銘柄を超えた超党派』