
皆さんこんにちは、Rouyonです。
今回の懐・古・趣・味は2000年代にauから発売されたガラケー「INFOBAR」についてです。
2000年代、日本の携帯電話市場はまさに「百花繚乱」の時代でした。折りたたみ式、スライド式、回転式と、各メーカーが形状の限界に挑むなか、人々の価値観を根底から覆す一台の端末が登場しました。
それが、au(KDDI)の「INFOBAR(インフォバー)」です。
単なる「通信手段」だった携帯電話を、「ライフスタイルを彩るプロダクト」へと昇華させたこの名機の足跡を、約2000文字のボリュームで深く掘り下げて解説します。

2000年代初頭、携帯電話の普及率は爆発的に向上していましたが、そのデザインは画一的なものになりつつありました。スペック競争(画素数や通信速度)に明け暮れる業界に対し、auが提示したアンチテーゼが「au Design project」でした。
その第1弾として2003年に発売されたのが、プロダクトデザイナー・深澤直人氏の手による「INFOBAR」です。
もともと、2001年のコンセプトモデル「info.bar」として発表された際、その斬新すぎる見た目に「本当に発売されるのか?」と大きな話題を呼びました。当時の開発陣は、その熱狂的な反響に応える形で、コンセプトモデルの美しさをほぼそのままに製品化するという、当時としては極めて異例の決断を下したのです。
2003年10月に発売された初代INFOBARは、当時の主流だった「折りたたみ式」に真っ向から対抗する「ストレート型」を採用しました。
最大の特徴は、本体前面を埋め尽くす大きな「タイルキー」です。隙間なく並べられたボタンは、キーとしての機能性を保ちながら、一枚のモザイク画のような美しさを放っていました。指の腹でボタンの感触を楽しみながら操作する体験は、現代のタッチパネルでは味わえない「触覚的な喜び」を提供しました。
INFOBARを象徴するカラーといえば、何といっても「NISHIKIGOI(錦鯉)」です。 赤、白、ベージュを大胆に配したこのカラーは、日本の伝統的な色彩感覚を現代のテクノロジーに融合させたものでした。他にも、モノトーンの「ICHIMATSU(市松)」、都会的な「BUILDING(ビル)」、そして爽やかな「ANNIN-DOFU(杏仁豆腐)」といった、ネーミングセンスからして所有欲をくすぐるバリエーションが揃っていました。
初代から4年後の2007年。待望の後継機として登場したのが「INFOBAR 2」です。
直線的だった初代に対し、2代目は「四角い飴が口の中で溶け始めたような形」をコンセプトにした、丸みを帯びたフォルムへと変貌を遂げました。
特徴
ディスプレイ
当時最新の有機ELを採用。黒の締まりが美しさを際立たせた
形状
側面が膨らんだ「曲面体」。手に馴染む究極のエルゴノミクス
機能
ワンセグ、おサイフケータイ対応。デザインと実用性を高次元で両立
このINFOBAR 2は、機能が複雑化する「高機能携帯(ガラケー)」時代の末期にありながら、そのミニマルな美学を貫き通しました。手に持った時のしっくりくる感覚は、多くのユーザーを虜にしました。
2010年代に入り、iPhoneの上陸とともに世界はスマートフォン時代へと突入します。INFOBARもまた、その荒波の中で進化を模索しました。
2011年に発売された「INFOBAR A01」は、Android OSを搭載したスマートフォンでありながら、タイルキーの精神を画面の中に継承しました。ウェブデザイナーの中村勇吾氏が手がけた「iida UI」は、パネルが生き物のように動く独創的なインターフェースで、iOSでも標準のAndroidでもない「第3の選択肢」を提示しました。
その後も、テンキーを残した「C01」、HTCが製造を担当しアルミボディが美しかった「A02」、京セラ製のタフネスさを兼ね備えた「A03」とシリーズは続きます。しかし、スマートフォンの形状が「全面ディスプレイ」という究極の合理性に収束していく中で、INFOBARが守り続けた「独自の形状」という個性は、徐々に表現の難しさに直面することにもなりました。
INFOBARは単なるガジェットではありません。2000年代の日本のインダストリアルデザインを代表する「芸術作品」として認められています。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久収蔵品に選定された事実は、この端末が国境や時代の壁を越えて評価されている証です。「道具は、使い手にとって空気のような存在であるべきだ」という深澤直人氏の思想が、最も純粋な形で結晶化したのがINFOBARだったと言えるでしょう。
2018年には、初代発売15周年を記念して、4G LTEに対応したガラホ(進化型ケータイ)「INFOBAR xv」が発売されました。タッチパネル全盛の時代に、あえて物理キーを叩く楽しさを再提案したこのモデルのヒットは、多くの人々が「効率」だけではない「愛着」を求めていることを証明しました。
今のスマートフォンは、どれも高性能で便利です。しかし、2000年代に私たちがINFOBARを箱から取り出した時に感じた、あの「世界が一変するようなワクワク感」を持っている端末が、果たしてどれだけあるでしょうか。
デザインの民主化: 高価な芸術品ではなく、誰もが毎日持ち歩く道具に高いデザイン性を持ち込んだ。
日本のアイデンティティ: 欧米の真似ではない、日本独自の色彩や素材感をテクノロジーに昇華させた。
「iida」ブランドの確立: 携帯キャリアが自らデザインを主導する文化を作った。
INFOBARは、2000年代という激動の時代に咲いた、一輪の「機能する花」でした。それは単なる過去の遺物ではなく、私たちが忘れかけている「道具への愛着」や「美意識のある暮らし」を今でも問いかけ続けています。
もし今、あなたの手元に最新のスマートフォンがあるなら、少しだけ想像してみてください。もしそれが、NISHIKIGOIカラーのタイルで構成されていたら? 画面を開くたびに、心が少しだけ躍るような魔法がかかっていたら?
INFOBARが描いた夢は、今もなお、日本のプロダクトデザインの地平を照らし続けています。










