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人種差別には、長い歴史があります。ドイツのユダヤ人の迫害。アフリカにおいてもサハラ砂漠以南のアフリカに集中的に居住していた黒人は古代においてアラブ人やペルシア人の奴隷として扱われた時期があり、人種差別の対象であった。大航海時代以降は「新大陸」を発見したヨーロッパ人が、そこにおける労働力として黒人奴隷を使役した。ヨーロッパ人は主に西〜中央アフリカに住む黒人を奴隷として使役してきたなどと沢山の歴史がある。
自分は、日本にいる時に人種を気にしたことがありません。日本人であろうと外国人であろうと関係なく、沢山の人と仲良く接してきました。むしろ、外国人と仲良くなろうと必死でした。そこには、差別は一切ありません。
日本にいた時は、日本人という多数派にいました。しかし、今はケニアで少数派の外国人という立場です。初めての体験で、正直なところ人種を気にしてしまう。
実際に、「チンチョン」というアジア系の人を馬鹿にした差別用語もたくさん言われました。
(何故かアフロにしてからは一回も言われていない。)
そういう体験もあって、ケニアに来て、人種について考えることが多々あります。
先日キベラスラムのサッカー大会に、行って来ました。もちろん、スラムで一番強いチームを決める大会ですから、地元の人ばかり。外国人は、私1人でした。私は、幸いキベラスラムの友達に招かれて行ったので何人か紹介してもらい軽く、周りにいるケニア人と仲良くなることはできました。
しかし、何か落ち着かない。何人かは知っていても、周りの9割の人は私のことを知らない。自分だけ、肌が違う。みんなの目も気になる。実際に、子供や目の前を通り過ぎる人からもめちゃくちゃ視線を浴びました。
1番ビックリしたのは、サッカーを見ていると、後ろからゴミを投げられ、頭に当てられたこと。私は、あえて後ろを振り帰らず気づいていないふりをしました。
その後、サッカーも盛り上がってきて応援団達が立ち上がり、歌ったりしてサッカーコートを回り始めた。友達に誘われて、私もその応援団に加わりました。そこで、昔からの性格なのか盛り上げたい一心で、ケニア人以上に踊ったり、歌ったりした。
すると、みんなが笑ってくれて肩を組んだり、楽器を渡してくれたりした。そして、サッカーコートの脇で見ている人達も笑顔で私のことを写真で撮ったり、動画で撮ってくれたりした。もうその時には、頭にゴミを当てられたことは忘れていました。
そして、さらに嬉しくて、さらに調子に乗りました。しかし、合間合間で自分だけが、みんなと違う。どうしても、そう思ってしまう時が正直ありました。そういうときに毎回自分に言い聞かせることは、「みんな、同じ人間やん!」。これは、自分の中では最強ワードです。この最強ワードを心の中で唱えると根拠のない自信が湧いてきます。
今回、少しケニアにきて人種について考えることが多かったので、実際に書いてみました。結構スッキリしました。初めて外国人という立場になったからこそできる面白い経験をしました。
最後まで、読んでくださりありがとうございます。
・他人からされる多少の差別は一切気にしない。
・自分から心をオープンに。
・現地の人達以上にバカになる。
・「みんな同じ人間やん!」を心の中で唱える。
Yoshihiro Kawaguchi
Twitter→https://twitter.com/yoshi_0910_