くら寿司のフグを2024年の回転寿司初めで食べました。フグは毒を持つことで有名です。怖いけど美味しいというジレンマ。毒のせいでなかなか手が出せませんが、何となく挑戦したくなる気持ちがあります。
フグのメニューを見ただけで心臓がドキドキ止まりません。フグの調理には高度な技術が必要です。回転寿司では安心感を味わいながら食べることができ、まさにプロの技が光る瞬間です。
フグの握り寿司は、ご飯の上に長方形の刺身が乗ったという以上のインパクトがあります。まるで海の中でフグが自分で握り寿司になるような、贅沢な瞬間です。他の寿司とは一線を画す、エレガントで優雅な存在感が漂っています。
一口食べてみると、口の中に広がる独特の旨味にビックリ。まるで舌の上で宇宙旅行をしているような感覚。柔らかい舌触りが広がり、その瞬間、味蕾は大興奮。他の寿司とは一味違う、まるで味覚のアトラクションです。思わず「毒よりも味にビビる!」と叫んでしまいそうになりました。フグの握り寿司は贅沢な冒険の結末を迎えました。舌の上でフグとの対話が繰り広げられ、感動のクライマックスに達しました。
フグは腹を膨らませる特性から名付けられました。漢字では河豚と書きます。フグは海魚ですが、黄河や揚子江の中流域にも生息し、それを見て「河」の字が付けられました。「豚」は膨らんだ見た目からです。日本人も中国人も同じ特徴を捉えています。
平安時代は布久(ふく)と呼ばれていました。膨らむという由来に近い発音です。「ふぐ」は不遇や不具に通じるため、縁起が悪いと「ふく」と呼ぶところもあります。「ふく」は福に通じます。回転寿司初めに相応しいネタです。
平安時代の正暦元年(990年)に藤原知章が筑前守を辞任するという出来事が起きました。筑前守として筑前国の国府に赴きましたが、一族郎党約30名が急死したため、筑前守の役割を果たせなくなったためです。この30名急死がフグを食べたことによる集団食中毒とする説があります。
後任の筑前守には紫式部の夫の藤原宣孝が任命されました。その直前に宣孝は一族郎党を引き連れて派手な格好で大和国吉野金峯山の蔵王権現に繁栄を祈願するお参りに行きました。宣孝は「粗末な衣装でお参りしてもつまらない。蔵王権現が『粗末な身なりで参詣せよ』と言った訳ではない」と言い、紫と白、山吹色の衣装を着ました。人々から「このような恰好で参詣する人は見たことない」と驚き呆れられました。ところが、直後に筑前守が空席になって自分が任命されたことになり、お参りの効果と宣伝されました。
これは清少納言が枕草子「あはれなるもの」で取り上げています。「あはれなるもの」は、しみじみとするものです。「あはれなるもの」では高貴な人もみすぼらしい恰好で参詣すると述べた後で宣孝のエピソードを紹介し、「あはれなる事にはあらねど、御嶽のついでなり」で結んでいます。
つまり清少納言は宣孝の派手なパフォーマンスは、しみじみするものではないと言っています。遠回しに浅ましいと酷評しています。紫式部が『紫式部日記』で「清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人」と批判するのは対抗言論になるでしょう。
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