五反田に対して猥雑なイメージを持つのはおじさんの証拠なのだろう。今では多くのスタートアップ企業が五反田にオフィスを構えていると聞く。東急池上線の高架下にはおしゃれな飲食店が軒を連ねているらしい。昼と夜で街が見せる表情は今も変わるのだろうが、温泉旅館をルーツとするかつての歓楽街は徐々に後景へ退きつつあるのだろう。
街の変化から少し外れた場所にヒロセ電機は本社を構えている。収益性に優れるコネクタメーカーが身を置く場所としてはやや意外感のある立地だ。考えてみると、ヒロセ電機の国内主要拠点である宮古工場(岩手県)は、東京から車で7時間以上もかかる辺鄙な土地にある。コネクタという汎用部品で抜きん出た利益率を稼ぎ続けるためには、オフィスや工場の立地においても他社とは異なる天邪鬼的な発想が必要なのかもしれない。実際、モルガン・スタンレー証券の電子部品アナリストだった村田朋博(むらた ともひろ)氏も著書『電子部品だけがなぜ強い』の中で同じような趣旨のことを書いている。興味がある方はぜひ読んでいただきたい。
ヒロセ電機の2020年3月期業績見通しは売上高1,250億円(前年同期比+0.3%%)、営業利益220億円(同▲5.0%)。電子部品を取り巻く環境が厳しい中で、減益予想ではあるものの営業利益率が17.6%は立派といってよい。村田製作所がセラミックコンデンサに専心してきたのと同様、ヒロセ電機はコネクタ一筋で浮沈の激しい業界を生き抜いてきた。創業から息づく「すぐやる文化」で顧客の要求に素早く対応し、結果として価格競争に陥らない高速回転の経営が優れた利益率を支えている。
ただし、顧客とのコミュニケーションに秀でるヒロセ電機も株式市場との対話においては課題を抱えているようだ。直近の株主総会では代表取締役の選任議案に対する反対比率が前回の数%から20%近くに達した。社外取締役や女性役員の登用数が相対的に少ないとして海外投資家を中心に不満の声をあげているらしい。また、競争優位と堅実経営の結果である自己資本比率は2019年12月末時点で89.2%、手元資金の活用や株主還元の強化なども株式市場からは求められている。
これに対してヒロセ電機は、2021年3月期の本決算において具体的な方針を公表すると明言した。コーポレートガバナンスの整備や非事業資産の売却に加えて、これまで消極的であったM&Aについても前向きなスタンスに転じる可能性が想定されよう。
五反田の街並みとともにヒロセ電機も変化の時を迎えているのかもしれない。