キャリア自律の必要性が言われ出して久しいにもかかわらず,企業内におけるキャリア面談の導入を躊躇する,ネガティブな意見があります。
それは,
「キャリア自律を促すと,社員が会社を辞めてしまうのではないか?」
という恐れからなのでしょう。
「社員を目覚めさせてはいけない!」とばかり,「集団睡眠にかけたままにしておこう」といった魂胆が見えないこともないのですが,実際には,そこまで考えている人は少なく,単純にぼんやりと恐れているだけなのようにうつります。
確かに,キャリア自律に目覚め,弊社を去って行く若手が続出しています。しかも,有望視されていた面々です。
ひとつには,求職求人市場における環境が,売り手優位であることが要因として挙げられます。しかし,本質的には,「今のままでは,自分の成長に限界がある」と,会社が見切られた結果なのだと思われます。
弊社では,2015年度に新卒で入社した者のうち,4割以上が退職しました。5年目,大卒,あるいは修士卒がメインなので,20代後半です。リンダグラットン教授が「Life Shift」の中で述べている”エクスプローラー(探検者)”の時期で,いろいろと経験し,自らの適性を見極める頃。転職への心理的ハードルも低い。
辞めていった者の多くの属性は,営業職,女性,そして,外国籍。
要因は,疲弊。過度な仕事量による肉体的な疲労,それは,心理面の疲労が蓄積した結果とも推察されます。要は,リアリティショック。理想として描いていたキャリアイメージと,実際の職場,仕事内容とでは大きなギャップがあったということです。
グローバルやイノベーション,多様性というキーワードに惹かれて入社したものの,実際は,国内顧客対応の超ドメ,既存顧客・納期管理中心のオペレーション業務,女性や外国籍の日本男児化・同質化風土。
あとほかに,あらたな傾向としては,エリアへのこだわり。都心に近いところを希望したり,結婚,あるいは,地元や自国へ戻りたいと願ったり。優秀な人ほどエリアにこだわるという傾向は,10年以上前にリチャード・フロリダ氏が「クリエイティブ・クラスの世紀」に記した内容です。
先日は,営業職の2名が退職するという連絡を受けました。僕がキャリア面談をしていました。ひとりは30代前半で米国駐在経験もあり,もうひとりは30代中盤です。
2人とも,職場でリーダーシップを発揮し,将来の管理職として有望視されていた者です。
面談時に悩みを開示してもらっていました。(*守秘義務遵守)
入社10年目になるが、所属部署でも、拠点全体でも最若手の位置づけ。自分より若い社員がほぼいないため、通常最若手が対応するような業務も対応する。その中で、中堅社員としての業務・レベルアップをする必要がある。
5年前に同期が他界した。現在も同じ部署で,30代半ばの営業マンがメンタルダウンし休職中。いつ同じようなことが自分に起こるか不安。心理的安全の確保された職場を望む
昨年退社した先輩とコンタクトあり。飲みに行く仲。45歳を過ぎてからの自分の立ち位置,バリューの出し方を意識している。外部のキャリア・アドバイザーと接点を持ち,自分の力と可能性を客観的につかもうとしている。
そう,社員の多くはすでに外部のキャリア・アドバイザー,転職エージェントと接触しているということです。20代では,半数以上が転職の機会と自社内での機会とを比較している。
「1人の例外をだして,本人のニーズを重視した配置転換をすると,組織としての規律が保てなくなる」
あくまで組織ニーズを重視して,本人のニーズを無視,押さえ込んできたわけなのですが,さて,どうなのでしょう?
人事の世界では,社内公平性よりも社外競争力が求められるようになりました。報酬にもひとりひとりの能力・市場価値に応じて対応していかないと,弁護士資格保有者など,プロフェッショナルを留めておくことは難しいのです。
すでに,若手を中心に社員の多くは目覚めているのです。弊社においては,目覚めさせたのは,3年前に行った早期退職,実質的な中高年のリストラです。残った社員の少なくない者が,集団催眠から目覚め,会社にキャリアを預けるのは危険だと感じはじめた。その不信感が,エンゲージメントサーベイの結果にも表れています。
これは,弊社に限らず,世界平均に比べエンゲージメントが低い日本企業全般にいえることでしょう。一見してドライに見える外資よりも,現在の日系企業の方がやばい。
そんな風に感じている社員が多い中で,「キャリア面談」として,個別具体的に社員のキャリア相談に寄り添うことは,小さいながらも会社が社員からの信頼を回復する一歩です。
キャリア面談でもっとも大切なことは,相談者と面談実施者との間における「信頼関係の構築」。相談者が「わかってもらえた」という気持ちになることをベースにしています。
関係の質があがれば,思考の質があがり
思考の質があがれば,行動の質があがる
そして,行動の質があがれば,結果の質があがる
~ダニエル・キム MIT教授~
(*)守秘義務遵守のため,本人・組織が特定されないよう内容に配慮し,また,筆者は実名ではなくペンネームを使用しています。