宝塚歌劇団の誰もが通る場所にある1枚の貼り紙「ブスの25箇条」
「宝塚」の視点で見ればこれが「ブス」というコトだろう。
資質を直すなんて事はとても難解で、普通修正出来る類のものではない、明元素で鼓舞されるよりも暗病反で戒められて、それを自分で感じ、信じ込まなければならないというコトだろう。
これを例えば美人25箇条とか宝塚25箇条とかにして①いつも笑顔②いつも礼節を重んじる態度とか書かれたら2~3か条目でノックアウトするだろうし、それこそ
「そりゃあそうだろう」と思われてしまうだろう。
自分と比較出来、そうであってはならない場所(宝塚)に居るからこそ響く、精神強度の高い彼女らに必要な素晴らしい戒めであり「誓い」だ。
もちろんこれは女性だけに当てはまるものではない。
いつもぶす~っとしてて、頼んだことをしてもらってもお礼もない、目は虚ろでやる気も無い、ネガティブな言葉を常に発し、そんな自分カッコいいと思っ…つらつら。
恐らく対面で人付き合いをしない環境なら別に良いのかもしれませんし、こうならなければいけない理由もありません、だから
「25箇条とか…別に宝塚にいる訳じゃないし」
「結局は顔立ちが整ってる人が良い目を見るんだろう?」
「ずっと笑ってるとか苦痛でしかないよ、「陽」は良いねぇ」
「あいつらいつも同じ事言ってくるけど本当分かってないな」
「自分の方がマシなのにあいつばっかり良い目を見て…」
こうした事を常に話す人を信頼は出来ない、また何らか仕事があってもこの人に依頼は出来ない、自分の会社で雇いたくはないし、自分を含めた周囲への影響も考えれば関わり合いになりたくはありません。
これもまた別ステップへのエネルギーなので必要ではあるのですが…ふむ。
さて、ではそうしてみようと思い立っても上手くいかないのが自己啓発。
最初にも書きましたが「自分の資質は普通修正出来る類のものではない」と思っているし、実際にそうそう変えられるものではないでしょう。
朝起きる時間を5分早めるだけでも相当のエネルギーを使うのに。
よし、これからはいつも笑顔で感謝のお礼をするよう心がけよう!
⇒ うんうん、出来てる、良い調子だ!
これは出来ている事を目標にして「出来た」ので満足している様子ですね。
普段出来ていない事を目標にした場合は様々な葛藤があり、何故変えなければならないんだというすぐには答えられない自問が付いて回るハズです。
別にそれだけで何かが変わる訳じゃないし「明日はやればいい」となり、引き出しにしまわれて、整理した時に見つけてもう一度やるわけです。
が、まぁ自己啓発は人から言われたり何かに感化してやり始める時点で自己啓発ではなくなりますので、きっかけにはなりますが本質としては「違う」のかもしれませんね。
気付き、自分で決め、定め、守る。
この繰り返しが自分を成形していくのかもしれませんね。
尊敬する松下翁の「道」
感化されて筆ペンで書いてスキャナで読み込んだ私の「道」
言葉に感化され、それを自分の今までとこれからの人生に紐づけられればそれはもう自分の感覚で良いのではなかろうか。
私の信念は一日中笑っていても怒っていてもいつだって一生に一度しかない一瞬一日、喜怒哀楽全て必要だけど、笑顔でいたい。
自分の人生豊かに過ごすなら「笑っていたい」、その為には「笑っていてもらいたい」から、周りが笑顔でいる為に私に関わる人を笑顔にしたい、です。
そう、自分の為にね!(゚Д゚)クワッ!
ではでは。