サンドロ・ボッティチェリやレオナルド・ダ・ヴィンチなどルネサンス期の芸術の代表とされる巨匠たちは、油とタンパク質の混合物を含む塗料を利用していたことが分かっています。
なぜ彼らはこういった塗料を使っていたのか……。
今回はその謎に迫った研究についての話です。
2023年3月28日付で、nature communicationに掲載された研究からまとめていきます。
参考記事)
・Here’s why some Renaissance artists egged their oil paintings(2023.3.28)
参考研究)
・A holistic view on the role of egg yolk in Old Masters’ oil paints(2023.3.28)
カールスルーエ工科大学では、当時利用されていたと考えられている、卵を使った絵の具を再現しました。
卵黄と2種類の顔料を組み合わせて使用し、油絵の具の挙動や乾燥速度、化学的性質を調べました。
一つ目の塗料は、油絵の具に新鮮な卵黄を混ぜたもので、マヨネーズと同様の粘度がありました。
もう一方の塗料は、粉砕した顔料を卵黄に混ぜ、乾燥させた後に油と混合させました。
どちらの調合でも、卵黄のタンパク質、リン脂質、抗酸化物質が塗料の酸化を遅らせ、時間の経過とともに黄色に変わるような変化があることが研究によって報告されています。
また、顔料をタンパク質でコーティング(PCP)すると顔料が安定化し、変色を防ぐことができることも分かりました。
マヨネーズのような顔料では、卵黄に含まれる分子が顔料粒子間に頑丈な橋を架けることで、より硬い顔料を生み出すことができます。
厚さや物体感を与えるインパスト(厚塗り)と相性が良く、インパストの使い手であるレンブラントらが好んで使ったとされています。
もう一方のブレンドした顔料は、油分のコーティングによって乾燥が遅くなったりと、アーティストが次のレイヤーに描く際に時間を要したという予測が立っています。
シカゴ美術館の科学研究ディレクターKen Sutherland氏は、「アーティストが素材をどのように選択し、扱ってきたかを理解することで、創造的なプロセスを理解することができる」と述べています。
卵の意外な使い方の発見ですね。
テンペラ画は、ラテン語で混ぜるを意味する“テンペラーレ”という言葉が由来とされています。
その歴史も長く、5世紀〜14世紀頃までの間、絵と言えばテンペラ画とフレスコ画(モルタルで壁を塗り、水に溶かした顔料で直接描いた絵)がほとんどでした。
アルブレヒト・デューラーやヨハネス・フェルメール、レンブラント・ファン・レインなどの油絵からもタンパク質が検出されており、卵を使った塗料は数世紀にわたって使用されていたようです。
テンペラ画は油絵と比べても劣化が少なく、過去の文化や絵の印象を伝える役割も担っています。
これらの技法のおかげで、過去の感動が今に伝わっていると考えると、卵と顔料の特性を見つけた先人たちに脱帽ですね。