医療の発達によって寿命及び健康寿命が伸びる中、認知症患者の急増が問題視されています。
特に、食事が認知症リスクに与える影響が注目されており、食事による体内の炎症をどのようにコントロールするかが認知症の予防に繋がると考えられています。
今回紹介する研究は、食事炎症指数(DII)スコアが高い食事が認知症およびアルツハイマー型認知症(AD)の発症リスクを高めることついてがテーマとなっています。
抗炎症性食品を多く含むMINDダイエットはリスク低減に効果的である可能性があり、食事の見直しが認知症予防の鍵となることが期待されています。
以下に研究の背景と内容をまとめていきます。
参考研究)
・Association between dietary inflammatory index score and incident dementia(2024/12/06)
認知症は、現在世界で152百万人が罹患していると推定され、2050年までにこの数がさらに増加すると予測されています。
薬物療法や個別ケアの開発が進んでいるものの、認知症の進行を防ぐまたは逆転させる効果的な治療法は発見されていません。
そのため、食事などの修正可能なリスク要因を特定することで、認知症の一次予防に焦点を当てる必要があります。
過去の研究では、地中海式食事法やDASH食、MIND食などの健康的な食事パターンが認知症リスクを低下させる可能性があることが示唆されています。(Whole Dietary Patterns, Cognitive Decline and Cognitive Disorders: A Systematic Review of Prospective and Intervention Studies より)
・DASH(Dietary Approaches to Stop Hypertension)食
高血圧の予防や治療を目的とした食事療法
・MIND(Mediterranean-DASH Intervention for Neurodegenerative Delay)食
地中海式食とDASH食を組み合わせた食事法
認知症の予防効果を目的として使用される
特に、地中海式食事法が認知機能を改善する効果があることを示したPREDIMED試験およびPREDIMED-Plus試験や、地中海中心の食事が脳構造や認知パフォーマンスに好影響を与えることを示したランダム化比較試験(RCT)の結果が注目されています。
・PREDIMED(Prevención con Dieta Mediterranea)試験
目的: 心血管疾患の一次予防における地中海食の効果を評価すること
期間: 2003年から2011年まで実施
参加者: 心血管疾患のリスクが高いが、症状がない55歳から80歳の7,447人
介入: エクストラバージンオリーブオイルまたはナッツ類を加えた地中海食と、低脂肪食の比較
結果: 地中海食は心血管疾患のリスクを有意に低下させることが確認された
・PREDIMED-Plus試験
目的: 地中海食に加えて、エネルギー制限と身体活動の増加が心血管疾患の予防にどのように影響するかを評価すること
期間: 2013年から現在も継続中
参加者: メタボリックシンドロームを有する55歳から75歳の6,874人
介入: エネルギー制限を伴う地中海食と身体活動の増加を組み合わせた介入と、通常の地中海食の比較
結果: 初期の結果では、エネルギー制限と身体活動の増加が体重減少や代謝改善に効果的であることが示されている
さらに、これらの健康的な食事パターンの有益な効果は、全身性炎症の調節に関連していると考えられています。
具体的には、炎症性マーカーの濃度を低下させることが、認知症やAD発症リスクの低下と関連している可能性があります。
このため、食事の炎症性が認知症リスクに及ぼす直接的な影響を調査することが重要です。
2024年10月にラッシュ大学から発表された研究によれば、MINDダイエットは、認知機能低下を遅らせ、認知症リスクを減らす可能性があります。
このダイエットは、抗炎症性食品と抗酸化食品を多く摂取することに基づいており、認知機能に対する保護効果があるとされています。
本研究では、以下を目的としました。
・食事炎症指数(DII)のスコアが全原因性認知症およびアルツハイマー型認知症(AD)の発症リスクに及ぼす影響を評価する。
・長期的な追跡調査データを用いて、食事炎症指数と認知症リスクの直接的な関連を検証する。
・DIIを活用した公衆衛生上の食事指導や予防戦略の可能性を探る。
【DIIスコア】
Dietary Inflammatory Index(DII)は、食事が体内の炎症に与える影響を定量化する指標で、炎症性マーカー(例:C反応性タンパク質〈CRP〉、インターロイキン-6〈IL-6〉、腫瘍壊死因子α受容体〈TNF-α receptor-2〉)と強く関連しています。
DIIは、多様な集団を対象に検証されており、特定の食品や栄養素が炎症を引き起こすか抑えるかを評価するために使用されます。
(Dietary Inflammatory Index and Non-Communicable Disease Risk: A Narrative Review より)
本研究では、126項目からなるハーバード式半定量食事頻度質問票(FFQ)を用いてDIIスコアが算出されました。
この方法により、過去1年間の食事摂取状況が評価されます。
1. 質問票の内容
• 食品摂取頻度
• 食品の種類(手作り/加工品の区別を含む)
• 一般的な摂取量
2. 食品成分の計算
各食品の摂取頻度に食品成分(栄養素や食品群)の含有量を掛け合わせて計算されます。
3. 評価対象の成分(36項目)
• 抗炎症成分(例:β-カロテン、カフェイン、食物繊維、オメガ3脂肪酸、ビタミンA、C、E、緑茶/紅茶、ニンニクなど)
• 炎症促進成分(例:ビタミンB12、鉄、炭水化物、コレステロール、飽和脂肪、総脂肪など)
• 総エネルギー摂取量は炎症促進成分として分類
1,487人(平均年齢69±6歳)が本研究に参加しました。
これらの参加者は、食事頻度調査票を完了し、全原因性認知症およびADの発症状況が追跡されました。
DIIスコアは、最大3回の測定時点で平均化され、以下の要因を調整した上で解析されました。
人口統計学的要因: 年齢、性別、教育水準など
生活習慣: 喫煙、運動習慣、飲酒量など
臨床的共変量: 血圧、糖尿病、BMI、心血管疾患の有無など
追跡期間中の認知症発症状況は、詳細な臨床評価と一般的な認知症の診断基準に基づいて記録されました。
調査期間中、246人が全原因性認知症を発症し、そのうち187人がアルツハイマー病と診断されました。
13.1年(中央値)の追跡期間において、DIIスコアが高いほど全原因性認知症およびADの発症リスクが高いことが示されました。
さらに、DIIスコアが高い食事パターンは、炎症性マーカーの濃度増加と関連しており、これが認知機能低下の一因となる可能性が示唆されました。
一方で、MINDダイエットを遵守することで、認知機能低下が遅れ、認知症リスクが軽減される可能性が確認されました。
特に、全粒穀物、葉物野菜、ナッツ、魚、オリーブオイルなどを摂取し、加工食品や飽和脂肪の摂取を抑えることで、抗炎症作用が強化されると考えられます。
本研究の結果は、食事炎症指数のスコアの高い食事が認知症の発症リスクを高めることを示唆しています。
これらの結果をさらに検証し、再現する必要がありますが、以下の点が重要です。
炎症性食品の削減: 飽和脂肪や精製糖を含む食品を控える
抗炎症食品の摂取: オメガ3脂肪酸を含む魚、全粒穀物、野菜、果物、ナッツを積極的に摂取する
食事の個別化: 各個人の食事炎症指数スコアを評価し、それに基づいて食事指導を行う
さらに、MINDダイエットを導入することで、認知機能の低下を遅らせることが可能となるでしょう。このダイエットは以下の点で特に効果的です。
食材のバランス: 毎日全粒穀物や非葉物野菜を摂取し、週に数回は葉物野菜、ナッツ、魚を摂る
制限食品: 赤肉や加工食品、甘味料、飽和脂肪の摂取を抑える
また、MINDダイエットの効果は、参加者の人種や社会的背景によっても異なる可能性があり、さらなる研究が必要です。
DIIは、単なる研究ツールとしてだけでなく、臨床現場や公衆衛生政策においても活用が期待されます。例えば、以下のような応用が考えられます。
・栄養指導の強化: 抗炎症性の高い食品を推奨する食事ガイドラインの作成
・リスク評価ツール: 各個人の食事内容を基に、認知症リスクを予測する指標としての活用
・教育キャンペーン: 炎症性食品の過剰摂取が健康に及ぼす影響について、広く啓発する活動
今後の研究では、異なる人口集団を対象にした検証が必要であり、DIIを基にした介入研究が認知症予防のさらなる理解に寄与するでしょう。
さらに、予防の観点から、MINDダイエットが日常生活での実用的な指針として広く採用されることが期待されます。
このような取り組みが、個人および社会全体の健康改善に寄与する重要なステップとなるでしょう。
・高い食事炎症指数(DII)スコアは全原因性認知症およびアルツハイマー型認知症(AD)の発症リスク増加と関連している
・抗炎症性の高い食事が認知症予防に効果的である可能性がある
・MINDダイエットを遵守することで、認知機能の低下を遅らせ、リスクを軽減することができる
・食事炎症指数を活用した食事の見直しが、認知症予防の新たな戦略となる可能性がある