最近妙なことが起こっている、それはネコの行動がおかしくなっていた。いつからだろうか?たしか、試作機の初飛行から戻って二、三日過ぎた頃だと思う。
まあ、宇宙飛行のあとに奇行に走る者が絶えないのは昔からあったことだし少し生暖かく見守るとしようか。
「今日の飯も美味いなあ。ま、俺がここに厄介になってから不味かった試しは一度も無かったが。それにしても、おい。ネコ、お前飯食う時くらいその人形置いて来いよ。まったくその年で人形遊びを始めるとは、もう手遅れかも知れないが。はあ」
「ご主人、これはいい物なのですにゃ。誰かに盗まれたら大変ですにゃ。だから一緒にいてやるよ、独りぼっちは寂しいものなですにゃ。これは、責任なんですにゃ」
俺の手下《ペット》にして相棒の黒いシャム猫は、床で器用に食事を摂りながら慈しむように傍らに置いた磁器製人形《ビスクドール》を見やった。
人形は、金髪に碧眼のとても綺麗なものだった。纏ったドレスも高価な素材が使われているみたいでとても、海辺に打ちあがられた物とは思えない代物だった。
美しい顔は、俺たちの会話を聞いているかのように超然とした美しさに皮肉を込めて薄く笑っているようだった。
「でも、竜さんの提供してくれた資料にもあるように宇宙飛行後に人生を大きく変えた人たちも多いから少し心配かしらね?その猫の小さな脳味噌を解剖してみたら原因が判るかもしれないけど。後で、研究室に連れて来てね」
「おう、そうだなやっぱ宇宙旅行の弊害、生物に及ぼす悪影響を確認するのも試作機の役目だからなあ。まさか、放射線、太陽風とかの影響か。それとも単なる精神的ストレス、または元からアホだったのか?」
「こわ、ご主人は人をモルモットの様に扱って。それとか自分のペットをアホとか言うのは、ご主人が馬鹿な証拠なのにゃ!人権侵害で訴えてやるにゃ、しゃっー」
(ふふ、何をこ奴らは、じゃれておるのか。しかし、敵の懐にまんまと潜り込むとは我の才能にはほとほと困り果てたものよ。まあ、しばらく高みの見物とするかのう)
下僕一号が、さっきから何か言いたそうな、むっつりとした表情で黙って人形を見つめていた。ちょっと気になるな、不機嫌なのはデフォルトで慣れてしまったが。
「よお、下僕一号。なんか文句でもあるのか。確かに食事中にまで人形を持ち込む不作法は申し訳ないが、ネコのやったことだ大目に見て欲しいな」
「下賤な生物にまともなマナーなど求めぬ。わざわざ同じステージまで、犬猫と同格などと思われるのも豪腹に据えかねる故。だが、気になると言えば気になる。その人形には気を付けよ、言うことはそれだけじゃ」
「ほんとに、連れないなあ。いや、ツンデレなのか?今、ツン期でもうじきそろそろデレ期が訪れるのだろうか。
まあ、お前にしては忠告ありがとうよ。心しておくよ」
「ふん、気になっていたことを口に出したまでのこと、忠告などではない!」
下僕一号は、ジョージさんが席を立つとすぐさま無言で食堂を後にした。
「さて、ネコ。俺たちも行くか?」
「はいにゃ」
ネコは、器用にドレスを咥えると俺の後に続いてネコさんの研究室に向かった。
俺たちが、研究室のドアを開けて中に入るとネコさんが既に白衣を着て美人さんに擬態して座っていた。
「さっそくその猫を消毒して、解剖と検体に回そうかしら?」
「おい。ネコさんが言うと冗談に聞こえないし」
「え?ご主人、助けてにゃ。冷血猫の生贄はかんべんして欲しいにゃ!」
「そう?ここに素直に来たからには、覚悟を決めたのかと思っていたけど、やっぱりヘタレね」
ネコさんの繊手が、ネコの首根っこを掴むと解剖台にあっという間もなく拘束した。
ネコの隣には、なぜか人形までも解剖台に拘束されていた。
「うん?何故人形まで、そこまで人形遊びに理解があるのか、この異世界の住人は?」
「まあ、雰囲気ね。たしかに、良い度胸だわ。感心するくらいにね」
謎めいた微笑を浮かべて、ネコさんは各種分析装置の起動スイッチを入れていった。
人形の表情は、愚か者を見下すようにわずかに歪んで見えた。