長い石造りの階段を黙々と下っていく。
ほの暗い階段を照らすのは、熱い闘志ではなくアンドロマリウスの打撲傷から発散される熱を『ソローンの造り手』が魔道によって可視光線に変化させたものだった。
「まさに、怪我の光明だな。無駄にエネルギーを消費するのはもったいないからな」 「はい、アンもお役に立てて光栄かと存じます。後は、この地に失せモノがあるかどうかですね」
「ご主人様も御屋形様も、たくう、人の怪我をランタン扱いして、もう!」
「おお、明るくなったな。頑張れよアンとやら」
高さにして大凡百メートルほど下ったところで、下から仄かな明かりが見えてきた。
「あれが、失せモノがある部屋でしょうか?マスター」
「さあてな、ま、入って見れば解ることだ」
古い石の扉に様々な幾何学模様が施されている。鍵のようなものは見当たらない。 「さて、扉を開けよ。ソローン」
「はい、マスター。アン、またお願いね」
「うわー、待って下さいご主人様。この盗賊の神と呼ばれたアンドロマリウスに掛かったらこのような扉の開錠など赤子の手をひねるが如し。どうか私に、お任せ有れ!痛いのは、いやです。」
最後の言葉は消え入るようであったが、ソローンには聞こえたので使い魔の性能を測るため自由にさせることにした。
ソローンが、顎で扉を指す。
「ははぁ。では、行きますよ。ゴマ粒開いて、ラクダの瘤!えっい!」
アンドロマリウスの右手の大蛇から発せられた青い光に、石の扉は包まれると独りでに開いていった。
「ほう、アンもなかなか使えるみたいだな」
「お褒めに預かり恐縮です」
扉を潜ると、色とりどりの宝石が散りばめられた首飾りや、王冠、剣などが幾つもあり、その中央には大きな宝箱が置かれていた。
「アン、そこの宝箱を開けて見よ。罠の解除くらいできるよな?」
「お任せください、御屋形様」
しばらく、アンドロマリウスは宝箱の周りを調べていたが納得したかのように一度頷くと大きな宝箱を開けた。
中には、金や銀、宝石などの財宝が山ほど詰まっており、今魔力の光を浴びて妖しく輝いていた。
ピンクの煙が財宝の隙間から立ち込め、やがて消えると香しい香りと、翼の生えた馬に跨った双子の美男子が現れた。
「ほう、我の眠りを妨げたのは、盗人の神のアンドロマリウスではないか?久しぶりだけど、起き抜けは機嫌が悪いんだよねぇ、僕は」
「うっ、ご主人様。やばいです。うざい奴に当たりました。地獄の序列七十番のセーレにぶち当たってしまいました。もう、この際宝物など放って置いて、逃げましょう!」
「ふ、たかが魔人の一匹や二匹に廻り会ったところで取り乱すでない。昔から言うでしょ。魔道とは、鬼に逢《おう》たらやっつけて、仏に逢ってもやっつける。無情の御業!」
アンドロマリウスは、既に逃げ腰で出口から身体を出そうとしていたがソローンの鋭い眼光と冷気を帯びた怒りに反応して動けなくなってしまっていた。
セーレと呼ばれた魔人は、愉快そうに笑った。
「魔人を一人使役出来たからと言って、己の力を過信しているようだね。まあ、退屈凌ぎに遊んであげよう。これが、わかるかい?」
「うっ、いつの間に?」
「ご主人様、どうしたの?」
セーレがいつ動いたのかわからぬうちに、ソローンの纏うゴスロリ風のドレスが刻まれていた。青い布が、かつての袖とスカートの一部が切り離されて宝物庫の風に舞う。
「どうやら、僕の動きが判らないようだね。これで勝負は着いたようだね。もう少し、身軽にしてあげようか?」