六月も終わるころ。
夢を見ていた。
小さな子には広すぎる和室に1人ぽつんと。
冬枯れのカラマツに囲まれた屋敷。
2階の屋根にも届くような積もった雪。
部屋は薄暗い。寒くもなく、暑くもなく。何も聞こえない静かな部屋。
時折、外から「バサっ」と雪が落ちる音が聞こえるくらいだ。
廊下まで続く幾つもの襖と木窓の格子、高い天井の明かり窓がまるで牢獄。
小さな子は両目を明かり窓に目を瞠り(みはり)、壁に持たれかけジッとしている。
場面は変わって。
「おとうさん。どこ行くの?」
泣きながら「行かないで!」
暴れる小さな子は大人たちにつかまれ、おとうさんと呼ばれた人は玄関から去っていく・・・
薄暗い客座敷で祖母と2人で囲炉裏を囲む・・・
ジリリリリと目覚ましが鳴る。
腕を伸ばし目覚ましを停める。「あんまり楽しい夢じゃないな・・・」
子供の頃の原風景を見て気分はゲンナリだ。
「ふぅぅ・・・」
「ハイ。今日もがんばって仕事に行きますか」
ベッドから勢いよく起きる。
ミシっミシっと階段を下りてゆく。
「かあさん。おはよう」
「はい。おはよう」
「あれ?とうさんは」
「早く出たわよ。わたしも今日は早いし、ご飯は出してあるから。鍵お願いね」
「はいはい」
両親は共働きだ。二人とも県庁勤めで職場恋愛で結婚。同郷で気が合ったらしい。
という自分もなんだかんだと色んな経緯(いきさつ)で同じ県庁に勤めている。
母は振り向きざまに
「たかお、あんたのところ大丈夫?」「おかあさん、心配なんだけど」
「大丈夫、当事者じゃないから。前任者の問題だから。自分は関係ない」
「なら、いいけど」「巻き込まれないようにね」
「まだ入って6年目だし。かあさん。時間。」
「あらあら。行ってくるわね」
「はい。行ってらっしゃい」
と、自分ものんびりはしていられない。パンを2,3枚。牛乳を飲みながら流し込む。
「今日の天気は・・・」
新聞くらい見ておくか。
入庁して3年間は自家用車での通勤は禁止という暗黙のローカル・ルールがあって、もう少し早く家をでないと間に合わないのだが、4年目から交通手段は自由になった。
「ちょっとのんびりしすぎたな」
「うーん。車じゃ、間に合わんな」
部屋からヘルメットとグローブを取り出し、ガレージに向かう。
タンクのふたを開け。「うん。ガソリンも半分ある」
(キュッ。キュルルルル、バシュッ!)
(ズドウォンンン)(ズゥオン、ズゥオン、ドドドド・・・)
(カタカタカタカタ・・・)
ヨシムラのレーシングマフラーと気難しいTMR-MJN40の乾いた音・・・
調子いいな。うん。
6年前、新車で買ったスズキの88年式GSXーR1100。
同じバイクがもう1台買えそうな、少しだけ改造したバイクだ。
「暑くなりそうだな」
「行きますか」
上着を脱ぎ、かばんに詰め込みガレージを出た。
「元(はじめ)高雄(たかお)」というぼくは、本庁舎・職員用の自転車置き場に無理矢理、愛車を押し込みエレベーターに向かう。
同僚と廊下で一緒になる
「はじめちゃーん。おはよー」
「おはよ。その(はじめちゃーん)はヤメテ」
バカボンのかわいいキャラではないのだ。
はじめちゃんと呼んだ男は、
「通勤届はどっちで出している?」
「クルマ」
「ダメじゃん」
「分かっている」
「社長、知っている?」
社長とは隠語で局長のことを指している。
「知っている。あの人もそういうことを言えないでしょ」
局長は釣り好きが高じて、局長室で竿の手入れなんかしている。
まぁ、のんびりとしているというか。まだ、おおらかな時代。
多少は目を瞑ってくれる。
「じゃぁ」
「はじめちゃーん。またね」
「だからさぁ・・・」
エレベーターの扉がしまる。
来庁者がクスっと笑っているのが見えた。
YES Roundabout
Live at the Rainbow Theatre, London, UK. DEC,1972から十年弱。
おませな中学生は完成された最高のステージだと思っていた。
続く
RoundAbouT~ラウンド・アバウト~第二場「メリーゴーランドが始まる」