高野山での不思議なタイミング

 

ALIS秋祭り「怪談?部ハロウィン・ホラー・フェス」に参加します🎃



春のオカルト祭り以来、高野山で出会った不思議な光のことを度々記事にしてきました。

今回も高野山での経験ですが、怖い話ではなくいろいろな偶然とタイミングが不思議だったお話です。

 

春のオカルト祭りで10年以上前に高野山で遭遇した不思議な光について紹介しました。

高野山の奥の院へと向かう杉並木にあった大木の根元の空洞の部分の写真を撮ったとき、不思議な光が映ったのです。

 

そして今年の5月にこの記事を読んでくれた知り合いが、高野山まで行ってこの木を探しに行ってくれました。

 

その時の木が左の写真です。
月日が流れて空洞の大きさが広がり、奥の方も朽ちてしまっていますが、間違いなく10数年前に不思議な光が撮れた木と同じ木でした。

奥のお地蔵さんもファッションは少し変わりましたが、同じお地蔵さんでした。

 

そしてタイミングよく今年の6月には自分自身も高野山で予定が入っていて、数日間滞在することになりました。

十数年ぶりの高野山でした。

滞在期間中6月10日の午前中に時間があったので、奥の院へと続く杉並木に行って、不思議な光が映ったこの木を見つけようと思いました。

しばらく歩き回ったのですがなぜかこの木がなかなか発見できませんでした。

その様子を書いたのが下の記事です。


この記事の中では、

注意深く道端の木を見ながら歩いたのですが、何度探しても目的の穴の開いた木が見つかりませんでした。

見つからないまま奥の院までたどり着いてしまいました。しょうがないのでそこから引き返します。

でも見つからないのでまた向きを変えて引き返します。

そして同じところをうろちょろしながらようやく見つかったのがこの木。

奥之院へと続く道のとても目立つところにありました。

こんな感じで木を見つけた様子を書いています。

ですがこれはかなりはしょって書いていて、実際はこの木が見つけられない間にいろいろなことが起こっていました。
 

木が見つけられないまま奥の院のすぐ近くまで来てしまったので、気分転換にまず奥の院に行って、御朱印でももらおうと思ったのです。

そのあとで再び木を探そうと思っていました。

神聖な雰囲気がある奥の院の建物に入って、御朱印がもらえそうな場所を探しました。

すると建物の右の方にカウンターみたいになっていて、係りの僧侶がいる場所を見つけました。

 

もしかしたら御朱印がもらえるかなあと思って近づいてみると、そこは御朱印のもらえる場所ではなく、先祖供養の儀式の受付の場所でした。

 

「なんだ御朱印じゃないのかあ。先祖供養は必要ないなあ」

 

そう思ってそこから離れようとしたその瞬間に、携帯がブルブルしました。

一旦建物の外に出て電話に出ると、母からでした。

祖母がその日の早朝に亡くなったという知らせでした。

96歳でした。

死ぬ間際も苦しまずに安らかに亡くなっていったそうです。

 

電話を受けた瞬間、悲しみや(もっと祖母と接っしていればよかったという)後悔など色々な感情が噴き出してきました。

その中でも一番大きな気持ちは祖母に対する感謝でした。

 

電話の後すぐに引き返して、先ほどの「自分には必要ない」と思った先祖供養のカウンターへと戻り、祖母に対する供養を申し込みました。

祖母は真言宗ではないですが、直感的にこの場所での供養が必要だと感じたのです。

 

申し込む時に供養をしてもらう先祖の戒名と亡くなった日付を聞かれました。

亡くなった日付は令和元年6月10日、その当日です。。

そして亡くなったばかりで戒名はまだないと伝えると、かなり驚かれました。

 

そして申し込んだ時間も、先祖供養の護摩炊きの儀式が始まるわずか5分前という、ギリギリのタイミングだったのです。

もしこのタイミングを逃すと儀式は翌日に先送りになり、自分は出席できなくなってしまうところでした。

 

申し込んで5分後に供養の護摩焚きが始まりました。

僧侶が護摩を焚きながら、祖母の名前とその時一緒に供養に参加した方々の先祖の戒名などが読み上げられました。

護摩焚きの火が燃え上がる度に、いろいろなものが昇華される感じがしました。

ふたたび祖母に対する感謝が湧いてきて、同時にいろいろな思い出も蘇ってきました。

晩年は会う機会が少なかったのですが、小さい頃とても自分を可愛がってくれたおばあちゃん。

旅先ではほとんどお土産を買うことがない自分が、祖母だけには必ず旅先のお土産を買って帰ってきました。

大抵はちょっとコミカルな各地の人形や、動物の置物なんかをすごく喜んでくれました。

祖母が大好きだったテレビ番組が、時々特番などでやっているUFOや宇宙人の特集番組だったんです。

そんなところは、自分は祖母の影響を大きく受けたと思います。

こんなことをぼんやりと思い出していました。

供養の儀式が進行するにしたがって、何かが完了して自分の気持ちの中でも一つの区切りがもたらされた気がしました。

本当にこの儀式が受けられて良かったと思いました。

 

もし母から電話がかかってくる時間が少しでも遅かったり、電話の直前に偶然先祖供養の受付を見つけていなかったら、供養を受けることはできなかったと思います。


あるいは探していた木や御朱印をもらう場所が簡単に見つかっていたら、電話がかかって来た時にはすでに奥の院を後にしていたと思います。

 

木が見つからなかったこと、御朱印をもらう場所がわからなかったこと、母からの電話のかかって来たタイミング、全てがうまく重なって、運よくこの儀式を受けることができました。

 

儀式の後、帰りの道で探していた木も簡単に見つけることができて、持参した高野槙をお供えすることもできました。

御朱印もすぐにもらえました(実際は奥の院ではなく近くの建物でもらえました)。

 

いろいろな偶然が重なって、たまたまタイミングよく先祖供養を受けられたのだと思います。(そして翌々日の通夜と葬儀にも参加できました)

ですが、自分の中では祖母や不思議な光が、このタイミングをアレンジしてくれたような気がしてなりません。
 

 

祖母はお祭りや賑やかなことが大好きな人だったので、この記事でもお菓子を配ります🍪

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2019/10/26 77.34 ALIS 123.62 ALIS
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  • elm13
  • @elm13
いろんな場所を無為に旅するのが好きです。旅先で出会う自然や猫たちに癒されています。
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