『ストーリーとしての競争戦略』で有名な楠木建氏は、みずからを『UMS主義者』と名乗っている。UMSとは、ユニクロ(U)、無印良品(M)、サイゼリヤ(S)のことであり、衣食住の基本的消費はこの3つさえあれば何もいらない、それくらい愛してやまないそうだ。「GAFA(グーグル・アップル・フェイズブック・アマゾン)もスゴイが、UMSも偉い」。楠木さんは実に面白い経営学者である。
アパレルの業界において、ユニクロが圧倒的な勝ち組であることは論を俟たないだろう。ここ数年における国内の市場規模が9兆2,000億円前後で横ばいなのに対して、ユニクロを擁するファーストリテイリングの2019年8月期の売上高は2兆2,900億円(前期比+8%)と過去最高を更新した。どこの家庭もタンスを開ければ必ずユニクロがある。今や国内で最も認知されているブランドであることは間違いない。
規模こそユニクロに劣るものの、勢いで勝るのが『マッシュホールディングス(HD)』だ。2019年8月期の売上高は787億円(前期比+12%)。遡れる限り2012年8月期が202億円なので、この7年間で売上高は4倍近く伸びたことになる。また、19年8月期の営業利益率は7%で、アパレル業界の中では相対的に高い水準を確保していると言っていい。
マッシュHDの代表的なブランドと言えば、『gelato pique(ジェラートピケ)』、『SNIDEL(スナイデル)』、『FRAY I.D(フレイアイディー)』などが挙げられる。ジェラピケの『もこもこルームウェア』を愛用している女性も多いかもしれない。あるいは、石原さとみが主演したドラマ『高嶺の花』を観て、マッシュHDの存在を認知した人も少なくないだろう。
マッシュHDの成功要因はどこにあるのか。すでに取り上げた『THREE』と同様、煎じ詰めれば経営者のセンスが優れているという一言に集約されるように思う。
同社を率いる近藤広幸(こんどう ひろゆき)社長が最も大切にしているのが、「女性に寄り添ったものづくり」である。デザインを決めているのは全て女性。なんと従業員の9割が女性という。「女性だからこそ、女性の欲しい洋服が作れる」。
言われてみれば当たり前。だが、その当たり前が実践できている企業は意外に少ない。例えば、理美容家電を考えてみても、女性が顧客の中心であるにも関わらず、関連メーカーであるパナソニックもマクセルも、実際にデザインしているのはオジさま、製品化を意思決定しているのもまたオジさまではないだろうか。
やや偏見も交えて言わせてもらうと、女性の服を男性がデザインすると、どうしてもボディコンシャスになりやすい。一方で、最近のファッションのトレンドは、むしろ『ゆったり』したデザインにあるようだ。とはいえ、ただ『ゆったり』したデザインでは、女性のウケは良いが男性にはモテない。だから、基本は『ゆったり』しているが、要所において体のラインを強調する。いわゆる『ルーズフィット』と表現するのだろうか。女性が中心のマッシュHDは、この辺りの機微を実によく理解しているようだ。しかも、洋服の製造をOEMメーカーに決して依存せず、素材からこだわり抜いて自社ですべて作っているところも特徴と考えられる。
ちなみに、近藤社長は1975年生まれの44歳。もともとはグラフィックデザイナーであった。優れたセンスが競争優位を決するという意味で、アパレルの業界と親和性が高い出自と言えよう。クリエイティブの追求にコストを惜しまない価値観も備えているようで、とかく効率性のみに関心を払いがちな他のアパレル企業の経営者とは一線を画すように思われる。
実はマッシュHDが成功しているのはアパレルだけではない。オーガニック化粧品の分野でも存在感を発揮している。とりわけ、セレクトショップの『Cosme Kitchen(コスメキッチン)』や、オリジナルブランドの『Celvoke(セルヴォーク)』が有名だ。
個人的な話で言うと、わたしの職場からは『Cosme Kitchen』の丸の内店が近い。ちょっとしたプレゼントを探したい時に重宝している。みなさんもぜひ立ち寄っていただきたい。