「健康を維持するために何かやっていますか?」。こう質問されたら誰でも自分なりの健康法をひとつやふたつ鼻息荒く答えるだろう。「いやあ、特に何もしていないですね」。こんなスカしは今の時代に通用しない。わたしの場合は、週に1度の加圧トレーニングと半年に1度の歯のクリーニング。これである。特に後者の健康習慣はかれこれ10年近く続いている。
ナカニシは歯科用治療機器のメーカーである。治療や審美など機器の用途はいくつかあるようだが、なかでもナカニシが得意としているのは、「キュイーン」と音を立てながら虫歯を削るあの器具らしい。2019年12月期の業績は売上高354億円、営業利益93億円。売上高の約9割が歯科製品関連で占められている。営業利益率26.3%は、ものづくり企業としてはかなり高い。おそらく日本の製造系上場企業の中では10指に入るのではないか。1位はもちろんキーエンス である。
治療に用いる器具を業界ではハンドピースと呼ぶらしい。会社側によれば、ハンドピースの分野におけるナカニシの世界シェアは25%でトップとしている。競合他社には欧州勢が目立つ。あまり聞き覚えがないかもしれないが、ドイツのKavo、オーストリアのW&Hなどが特に有力企業である。わたしの記憶が正しければ、2000年代の半ばまではKavoがこの世界では圧倒的な競争優位を誇っていた。しかし、アメリカのDanaherという医療機器メーカーに買収された後、マネジメントの失策で成長ペースに急ブレーキがかかった苦い歴史をKavoは経験しているはずだ。そして、その間隙を縫って業界での地位を見事に引き上げたのがナカニシであった。まるで、ゼロックスの経営的な混乱に乗じて業界トップ級に躍り出た2000年代のキヤノンやリコーのようである。
ナカニシの強みはその技術力にある。同社にとっては初の中期経営計画に記されたミッションは、「革新的『削るテクノロジー』による『美しい進歩』の創造」。品質とコストに優れるのは当たり前で、ものづくりは努めて美しくなければならない。おそらく、そんな思いが込められているのだろう。実際、ナカニシが手がけるハンドピースのフォルムは美しい。一般的にはステンレスや真ちゅうを材料に使うようだが、ナカニシの場合にはチタンを全面的に採用している。高度な加工技術が求められる一方で、軽くて耐久性に優れるのがチタンの特徴と言ってよい。チタンの採用はナカニシの技術力を象徴すると同時に、外見や機能に対する同社の美意識をも体現していると考えられる。
中期経営計画の最終年度に当たる2025年12月期の業績目標は売上高500億円、営業利益140億円(営業利益率28%)。今後5年間で売上高を1.4倍に、営業利益を1.7倍にそれぞれ拡大する計画である。超高齢化や健康意識の高まりを背景に、デンタル関連の市場は中長期的にも成長が見込まれよう。そのなかで、ナカニシは米国や中国などの販路を拡充することによって持続的な成長を図りたい考えだ。
中期経営計画においてナカニシが目指すのは、「ダントツの『最優良グローバル医療機器メーカー』」。『ダントツ経営』で有名なコマツを彷彿とさせるその心意気には敬意を表するが、ハンドピースで競合する欧州勢もなかなかに強いはずである。グローバル販売体制の整備に伴う先行投資負担により、ここ数年の営業利益が伸び悩んでいることもあって、中期経営計画に対する株式市場の評価はひとまず様子見といったところかもしれない。
ただ、成長に対する中西社長の思いは強く感じられた。語り口はもの静かで派手さこそないものの、身内に宿る信念が言霊として聞く者にずしりと伝わってくる。かなりの努力を要する数値目標も、「ひょっとしたら」と思わせる社長の佇まいはポジティブであった。
前回のクリーニングから半年が経つ。歯医者の予約を週末に入れることにしよう。