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「ゼノポリス・ビジョン、XV24ニュースをお送りします。昨夜、隣接するクロウクスラムで発生した大規模抗争の最新情報です」
画面には、洗練されたスタジオで真剣な表情を浮かべるアンカーウーマン、エリカ・ストーンの姿が映し出される。彼女の背後には、炎上するクロウクスラムの衝撃的な映像が大きく映されている。
「ゼノポリス時間の昨夜二十三時頃、クロウクスラムで複数のギャング組織による大規模な抗争が勃発しました。現在判明している被害状況について、現地レポーターのリー・チェインがお伝えします。リー?」
画面が切り替わり、瓦礫と黒煙に覆われたクロウクスラムの街並みが映し出される。防弾ベストを着用したリー・チェインが、背後で続く救助活動を指さしながら報告を始める。
「クロウクスラムの状況は悲惨の一言です。一晩で街は戦場と化し、至る所で建物が倒壊、炎上しています。現時点で確認されている犠牲者数は、死者が二千人以上、負傷者は八千人を超える規模となっています」
リーは一瞬言葉を詰まらせ、深呼吸をしてから続ける。
「特筆すべきは、犠牲者の大半が一般市民だということです。子どもや高齢者を含む千二百人以上の市民が命を落としました。これは、私たちゼノポリス市民にとっても他人事ではありません。クロウクスラムには、ゼノポリスからの出稼ぎ労働者も多く住んでいたからです」
カメラがパンし、瓦礫を掻き分ける救助隊や、呆然と立ち尽くす住民たちの姿を捉える。
「各ギャング組織の被害も甚大です。特にブラックパンサーズとブロークンナイツが大きな打撃を受けています。一方、攻撃側とされるグレイコブラとレッドスコルピオンの被害は比較的少ないものと見られているのですが……しかし、現地に来て不思議に感じたのがですね、生き残っているはずの両組織の姿が全く見当たらないことなんですね。現場にあるのは瓦礫の山と生き残った子どたちだけなんです。街の一部だけ大きなクレーターのように抉られている箇所がありまして、生き残っていた子どもたちは皆、このクレーターの中に何かに守られるようにしているところを発見されたととの情報を受けております」
画面がスタジオに戻る。エリカの隣には、ゼノポリス大学の都市問題研究所長、ドクター・ハワードの姿がある。
「ドクター・ハワード、このような大規模な抗争が起きた背景には何があるのでしょうか? また、これがゼノポリスに与える影響についてもお聞かせください」
ハワードは眉をひそめながら答える。
「クロウクスラムは長年、ゼノポリスの『影』とも呼ばれる存在でした。私たちの都市の繁栄の裏で、貧困と犯罪の温床となっていたのです。特に最近では、旧軍事施設からの武器流出や、新たな違法薬物の流入など、不安定要素が増大していました。今回の抗争は、そういった要因が一気に爆発したものと考えられます」
彼は一息置いてから続ける。
「ゼノポリスへの影響ですが、まず治安面での懸念があります。抗争の余波が市内に及ぶ可能性は否定できません。また、クロウクスラムの労働力に依存していた産業分野にも打撃があるでしょう」
エリカが頷き、カメラに向かって語りかける。
「ゼノポリス市当局は緊急対策本部を設置し、クロウクスラムとの境界地域の警備強化を発表しました。また、被災者支援の動きも広がっています。画面下のMRコードから、災害支援のための寄付ができます」
画面が再び現地の映像に切り替わる。リーが瓦礫の中から救出された小さな男の子を抱きかかえる救助隊員を指さす。画面が再び現地の映像に切り替わる。リーの声は震えている。
「救出された子どもたちには帰る場所がありません。こちらをご覧ください」
カメラが瓦礫の山の前に集められた子どもたちのグループを映し出す。五歳から十二歳くらいの子どもたち、二十人ほどが救助隊員たちに囲まれている。子どもたちの体は埃と血で汚れ、顔には涙の跡が残っている。ある少女が声を上げて泣き始める。ママ、パパ、どこ……? その声に反応するように、他の子どもたちも泣き出す。救助隊員が慰めようとするが、子どもたちの悲しみは収まらない。リーが重い口調で続ける。
「これらの子どもたちの両親または保護者は、戦火に倒れたか、または行方不明になっていると見られます。ゼノポリスからの出稼ぎ労働者の子どももいれば、身よりがなくこのスラムに住む子どもも少なくありません。子どもたちの、受け入れ先の確保が急務となっています」
カメラは、互いを抱きしめ合って震える兄妹の姿をクローズアップする。兄らしき少年が妹を守るように抱きしめ、必死に涙をこらえている。
「これらの子どもたちの中には、家族全員を失った者もいます。クロウクスラムの惨状は、最も弱い立場にある子どもたちに、最も残酷な形で襲いかかっているのです」
マークの声が詰まる。
「救助活動は続いていますが、時間との戦いです。生存者を一人でも多く見つけ出し、これらの子どもたちに希望を……」
彼の言葉は、子どもたちの泣き声にかき消される。カメラは静かにズームアウトし、瓦礫と煙に囲まれた子どもたちの小さな姿を映し出す。エリカの声が重々しく流れる。
「クロウクスラムの悲劇は、最も罪のない者たちに最大の犠牲を強いています。この状況に、私たちゼノポリス市民として何ができるのか、真剣に考えるべき時が来ています」
カメラは瓦礫の中に子どもたちの泣き声だけを残し、画面はゆっくりとフェードアウトしていった。
17
クロウクスラムの夜空に、最初の銃声が鋭く響き渡った瞬間、街は戦場と化した。
廃棄された工場の錆びた給水塔の上、メリサは冷静に呼吸を整えながら、スコープを覗き込んでいる。彼女の手にはNX-200ハイパースナイパーライフル。その有効射程は二〇〇〇メートルを超える。こいつを使うことになるとはね、興奮するわ、と独り言を呟く。メリサは街の一部を見渡せる位置取りをしている。彼女の目には、瓦礫の山と朽ちた建物の間を縫うように進むグレイコブラの部隊が蟻のように小さく映る。彼らの動きは、まるで訓練された軍隊のようだった。
スコープを通して、メリサはグレイコブラの指揮官らしき人物を捉えた。風速、湿度、気圧、すべての要素を計算に入れる。深呼吸をひとつ、引き金を引く。一〇〇〇メートル先、グレイコブラの指揮官の頭部が水風船を壁に投げつけたようにパンっと破裂する。群がる蟻は大きく隊列を崩すが進軍を止めない。メリサは次の標的を探す。
スラムの中心部では、グレイコブラとブラックパンサーズの激しい銃撃戦が展開されている。メリサのスコープは、崩れかけた建物の陰に身を隠すブラックパンサーズのメンバーを捉える。彼らの手には古びた拳銃しかなく、グレイコブラの自動小銃の猛攻に全く太刀打ちできていなかった。まるで屠殺場じゃないか……メリサは眉をひそめた。
メリサは援護しようともう一度スコープを覗く。その狙撃を妨げるように、突如として地響きが起こった。レッドスコルピオンの残党が、TR-60サンダー戦車を引っ提げて参戦したのだ。まさか……メリサの目が見開かれた。
「あれは……TR-60サンダー? どこからあんなものを……」
戦車の主砲が火を噴く。爆発とともに、路面が大きく抉られ、メリサの視界が一瞬煙に覆われた。廃墟の陰に隠れていたブラックパンサーズのメンバーが、木っ端微塵に吹き飛ばされる。クソッ、クルクタウンの旧軍用基地か。軍用武器は廃棄されたんじゃなかったのかよ、メリサは歯ぎしりした。
「こんなの抗争なんてもんじゃないぞ……まるで戦争じゃないか」
煙が晴れると、戦場は一変していた。レッドスコルピオンの突然の参戦にグレイコブラとブラックパンサーズの戦線が大きく崩れる。ブラックパンサーズは、ほとんど壊滅状態だった。
メリサは冷静に状況を分析する。スコープを通して、彼女はレッドスコルピオンの戦車長を捉える。狙いを定め、再び引き金を引く。弾丸は戦車長の胸を貫通し、倒れ込むのと同時に戦車の動きが一瞬止まる。しかし、すぐに代わりが乗り込むと、戦車は再び動き出す。メリサの狙撃は効果的だったが、戦況を大きく変えるには至らない。レッドスコルピオンの圧倒的な火力の前に、スラムは次々と破壊されていく。
そんな中、南側からブロークンナイツが現れた。彼らは後退するブラックパンサーズに加勢するように、レッドスコルピオンとグレイコブラに対して一斉射撃を開始する。
「サブマシンガンくらいじゃあ戦車は落とせないよ……」
メリサは絶望的な状況を目の当たりにしながら、それでも冷静さを保とうとした。彼女は再び呼吸を整え、ブロークンナイツの通信兵を狙う。
引き金を引く瞬間、突如として頭上で爆音が響いた。レッドスコルピオンのSK-24サイクロン攻撃ヘリが出現したのだ。それを見るなり、冗談じゃないわ! とメリサは叫ぶ。
「あんなもの、どこから持ってきたのよ! まるでチートじゃないか」
ヘリの三十ミリ機関砲が火を噴き、メリサのいる給水塔の周辺を粉砕していく。彼女は咄嗟に身を伏せ、狙撃位置を変更する。新たな場所から、メリサはヘリのパイロットを狙う。しかし、高速で移動する標的を捉えられず、狙撃は空しく空を切る。
メリサが歯噛みする瞬間、彼女の位置を察知したレッドスコルピオンの狙撃手が、一発の弾丸を放った。鋭い痛みが左肩を貫く。メリサは咄嗟に身を伏せたが、温かい血が流れ出るのを感じた。くそっ……メリサは歯を食いしばった。
狙撃手の位置を特定しようとするが、視界が揺れ、集中力が途切れる。メリサは自分の状態が悪化していくのを感じた。このままでは危険だと、メリサは撤退を決意する。彼女は慎重に立ち上がり、ライフルを背負いながら、給水塔の錆びた梯子を降り始める。
地上に降り立つと、外では激しい戦闘が続いている。爆発音と銃声が絶え間なく響き渡る。メリサは瓦礫の山や廃墟となった建物の影に身を隠しながら、ブロークンナイツのアジトへと向かう。左肩からの出血は止まらず、意識が朦朧としてくる。
何度か休憩を挟みながら、メリサは少しずつ歩を進めた。周囲では戦闘が激化し、彼女の頭上を無数の弾丸が飛び交う。至る所で、劣勢に立たされたブラックパンサーズとブロークンナイツのメンバーが倒れていく。
ようやくアジトの近くまでたどり着いたとき、メリサの足が地面につまづく。メリサは膝をつき、一瞬意識が遠のくが、最後の力を振り絞りアジトのドアにたどり着く。彼女は重いドアを押し開け、内部に滑り込んだ。
アジト内部は、外の喧騒とは対照的に静寂に包まれていた。メリサは最後の力を振り絞って数歩進むと、そのまま床に崩れ落ちた。意識が遠のく中、彼女は誰かが近づいてくる足音を聞いた。外では、レッドスコルピオンとグレイコブラの圧倒的な火力の前に、スラムが炎に包まれていく音が聞こえていた。そのずっと奥の方でサイレンが鳴ってる。