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デレク・ハートフィールドを巡る冒険

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  • 2019/10/25 15:33
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高校生一年生の時、クラスメイトが貸してくれた「海辺のカフカ」を読みました。

衝撃的でした。なんだか、全然わからない。けれども、面白いと感じる。これは何なのだろう思いました。

ファンタジーのようでもあるし、普通の話のようでもあるし。

ファンタジーに思える部分は、おそらく何かのメタファーなのだろうけれど、わからない、と思いました。


 

当時、私は主人公のカフカと同じ、十五歳でした。

自分を変えたいと思っているところは同じでしたが、家を出る勇気がなかったので、「せめて」と思い、田村カフカ君のように、図書館に通いました。

そして、カフカを読み、『虞美人草』を読みました。チェーホフを読み、ヘミングウェイの棚に行って、「スペイン戦争」を題材にしている本を探し、『誰がために鐘は鳴る』を読みました。

全て、『海辺のカフカ』に出てくるものです。

ディテールへの理解を深めたら、『海辺のカフカ』について、もっとよく理解できるかと思ったからです。

今考えると、とても国語の教科書的なアプローチです。

学校教育ってすごい。


 

たくさんの良い本に出会えたことは幸せでしたが、それらを読んでも、『海辺のカフカ』を理解できた、とは思えませんでした。

それならば、と、今度は村上作品を読み始めました。

デビュー作、『風の歌を聴け』から。

この中に、主人公がもっとも影響を受けた人物として、デレク・ハートフィールドという作家が出てきます。

当然のように、私は名前をメモして、図書館で検索しました。ありません。がっかり。

そして、「翻訳されていないのかもしれない、きっとそうだ」と妙な納得の仕方をしました。

(最近、『風の歌を聴け』を読み直したら、幾つかの本は翻訳で読める、という記述があるので、なぜそう思い込んでしまったのかはもう思い出せないのですが、とにかく、そう思い込んでしまいました。)


 

当時は、今のように、読みたい洋書を買うのは難しいことでした。まだアマゾンがアメリカにできてすぐ位のことだったと思います。

検索サイトは、Googleじゃなくて、Yahoo!をみんな使ってたころ。

洋書は、紀伊国屋本店や青山ブックセンターで買うものでした。

私は、六本木にあった「ランダムハウス」という洋書屋さんでデレク・ハートフィールドの本を探しました。

自力では見つけられずに、お店の人に聞きました。頭にパーマをかけた店員さんが店中を調べてくれて「ないみたいだね」と、残念そうに言ってくれたのを覚えています。

そのお店がとても素敵だったので、大学生になったら、アルバイトをしてみたいと思っていたのだけれど、残念ながらその頃にはもうなくなってしまいました。

今はその建物はギャラリーになっています。


 

そんなことをしている年の年度末、学校の研修旅行で、シカゴに行く機会がありました。

私は、シカゴの本屋さんで、店員さんに「デレク・ハートフィールド」を探してもらうことにしました。

どうやって綴るのかわからなかったので、heartfieldや、hurtfieldなど、思いつく限りのスペルで調べてもらったけれど、見つかりませんでした。

お兄さんは、聞いたことない名前だなぁと言いながら、ずいぶん長いこと、英語もおぼつかない私に付き合ってくれました。

結局見つけられずに、『老人と海』と『海からの贈り物』のペーパーバックを自分へのお土産に買いました。


 

その旅行では、ホームステイも体験させてもらいました。

私は、ホストファミリーに、デレク・ハートフィールドの本が読みたいのだが本屋さんで見つけられない、という話をしました。

ホームステイの最後の日、彼らからプレゼントをもらいました。

それは本だったのだけれど、デレク・ハートフィールドではなく、アーウィン・ショーの短編集でした。

彼らは、「思い出になるように」、とハートフィールドの本をネットで探してくれたのだが、見つからなかったのだという。

そして、代わりに、絶対気に入るから、とくれたのが、アーウィン・ショーだった。


 

帰国してから、買った二冊の洋書と、ホストファミリーからもらった短編集を、辞書を片手に、必死になって読みました。

どれも、とても面白かったけれど、中でもアーウィン・ショーの短編集には『夏服をきた女たち』が収録されていて、そのオシャレさにすっかりやられてしまった。

そうしているうちに、デレク・ハートフィールドの事は頭の片隅においやられてしまいました。


 

それから、十年ほど経った先日、ふと、本棚から、『風の歌を聴け』を取り出して読みました。

読み終わると、当然「デレク・ハートフィールドを読んでみたい」という思いが再燃します。

そして、インターネットで検索しました。検索して、衝撃の事実を知りました。

なんと、デレク・ハートフィールドは村上春樹が創作した架空の作家だと。

驚きました。知らなかった。やられた。

開いた口が塞がらないとか狐につままれたようなとか、そういう表現がすごくしっくりくる瞬間でした。


 

こうして、デレク・ハートフィールドを求める冒険は、思いもかけず、強制終了させられました。

とても幸せな旅だったので、真実を知らずに、まだ続けていたかったとも思わないではないのだけれど、この体験までもが春樹ワールドだと思うと、

唐突な終わりもまた、「らしい」のかもしれない。

 

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