「googleが小出しにする検索アルゴリズムの情報に、みんなで右往左往して騒いでいるのが現在の状況なんですよね」
参画している企業のプロジェクトMTGでそんなことを言ってみた。
SEO的に…ということばを何度も言っていた、マーケ課のSEO担当者は微妙な顔になり、プロジェクトマネージャーは苦笑いした。
そうは言っても、私もこの業界で生きている人間なので、一通りのSEOを実践することは可能だし、他企業のコンテンツマーケティングサイトでは、MIERUCA等々を導入して短期間に数万セッションのアクセスを達成して、毎月増加させた経験も何度かある。
自然検索からの流入は、とても美味しいと思う。
無料で自社のサービスや商品への集客、顧客接点を作り出してくれる。
例えば、対象サイトへのターゲットユーザーの流入を1人稼ぐのに、リスティングやディスプレイ、YouTube広告等々で稼ごうとすると、90円ほどかかるとする。
月に1万人ほど流入が必要と仮定して、90万円。
年間で1,080万円。1,000万円以上のコストが毎年かかってしまう。
しかも、たかだか1万人/月程度に対して。
自然流入で稼げれば0円だ。自然流入を得るまでのコストがかかったとしても、以降は毎月自然流入が得られるので、運用面を考えても比較にならないほど低コストで実現可能だ。(方法・手段による)
かくして、SEOはあっちこっちでもてはやされ、googleの言うことに右往左往し、あっちでこういう結果になった、こっちでこういう事象になったと騒ぎ立て、かくして、一大産業に成り上がったと思う。
実際、SEOという言葉に携わって、ご飯を食べている人の如何に多いことか。
けど、よくよく考えてみると、これってなんかおかしな現象だなと思うんですよね。
世の中の検索という何かを知りたい、探したいといった行為のすべてをgoogleという1社が独占して、その会社が決めるアルゴリズムと呼ばれる仕組みによってのみ、人々の検索手段が限定される。
結構な独裁社会になっていると思うのは私だけでしょうか?
googleに従って、協力、服従、依存することが正義で、googleから表彰される人達が更に裕福になっていく世界。
googleにお近づきになれば、身分は保障され、収入も安定する。
ねえねえ、これって、江戸時代の殿様に媚びうる商人とあまりかわらないよね?
ナチスドイツで、その中枢とお近づきになる人達が権力を握るのと一緒じゃない?
と思うのです。
そもそも、人間の知りたいという探究心は、もっと純粋で自由であるべきだと思います。
そういった人間本来の、人類を発展させてきた本質を、googleという1社が独占して取り決めてしまうのは、独裁となんらかわらないんでないかなと思うのです。
一方で、検索という仕組みそのものを、純粋に精度をあげていく行為自体は、素晴らしいことだとも思います。
検索の精度をあげることで、生産されていくコンテンツ、情報の質もあがっていくという、サイクルを作り出したgoogleという企業は、社会的貢献度が半端ないとも思います。
そんなこんなで、ソキチサイトでのSEOについては、こういった考えを前提に話を進めていきたいと思います。