皆さんが働いている企業はどのような業界でしょうか?IT関係、石油精製、電子部品、ありとあらゆる業界において有効な戦略はこの世に存在しません。そんなものがあればどの会社も儲かってしまうことでしょう。経営戦略とはそんな簡単なものではないのです。
しかし業界のタイプごとに有効とされる戦略の方向性はある程度決まっているのです。そのタイプとはバーニーが提唱した3つの競争の型、IO型、チェンバレン型、シュンペーター型に分けることができます。
まずIO型についての説明です。IO型の業界の特徴は参入障壁(新しく企業が業界内に進出するときのハードルのこと)が高く、極めて競争が少なく安定した業界のことを指します。よく代表例として出されるのがビール業界(アサヒ、キリン、サントリー、サッポロ)、石油精製業界(ENEOS、出光興産、コスモ石油)といったところでしょうか。このような業界は法律、設備投資費の高さ、サンクコスト(一度投資されたらリターンされないコスト)の高さ、既存企業の攻撃、供給会社や消費者を囲い込みされているなどによって参入障壁が高くなっています。
参入障壁のタイプ別解説
法律面は安全面など一定の基準以上の製品・サービスを提供しなければならないといったもの(ex.航空法、薬事法)や必要不可欠な技術を特許によって守られている場合などがあげられます。
設備投資費の高さは明確な基準はありませんがソフトウェアを作るのと自動車を作るのでは初期投資が何倍も違うはずなのでソフトウェアのほうが参入しやすいといえます。
サンクコストの高さとは一旦投資した設備が他の事業に転用できない場合に発生するコストのことです。つまり企業は業界から退出するコストが高い(参入障壁の対義語は退出障壁)ならばもともとその業界に参入しないと決断するはずです。例えばパソコンはソフトウェアの開発、メールのやり取り、書類の作成など汎用性の高い機器ですが鉄工所の設備を購入しても製鉄することにしか使えません。つまり製鉄をやめたらその設備はただのごみとなります。
既存企業の攻撃は価格競争などあらゆる方法を使って新規参入企業を不利な状況に追い込みます。有名なのはダイエットコーラに必要な甘味料、アスパーテムをめぐる争いだ。新規参入したHSCは既存企業であるモンサントよりも安くコカ・コーラやペプシコに販売しようとしたがモンサントも同じだけ価格を落とし結局HSCは販売することができなかったということがあった。モンサントは売り上げを低下させることになったが業界内での盤石な地位を守ったのだ。
そして最後の供給業者や消費者の囲い込みは自動車業界(チェンバレン型ではあるが参入障壁の説明のために使用)がまさに行ったことである。トヨタ系やホンダ系といわれるほどサプライヤー(供給業者のこと)を囲い込み、ディーラーも1つの企業に絞って販売していた。もしも自動車業界に新規参入したら既存サプライヤーはほとんど使えず、日本中にあるディーラーも使うことができないので一から自分でサプライヤーの育成、流通網を形成する、まだどこの企業の傘下でない企業と提携を結ぶといった方策を練るしかないのだ。
ではIO型の業界の戦略にはどのような法則性があるのか?
それは外的要因を重視していることである。まず外的要因とは何か?企業の外部環境、業界の動向や景気、需要の変動など企業の内部活動ではどうすることもできないが業績に影響を与えるものである。この考え方をポジショニング戦略として昇華させたのが日本でも有名なマイケル・ポーターなのである。
ポジショニング戦略とは
ポーターは業界によって収益性が違うことを5forcesというモデルで説明し収益性が高くなるような業界に参入することを提唱したのだ。5forcesとは競合他社との関係、新規参入の脅威、代替品の脅威、売り手の交渉力、買い手の交渉力の5つのパワー、圧力が業界内の収益性に影響するとした。
競合他社との関係は協調的か競争的かで大きく違ってくる。例えば少し前の携帯電話業界と牛丼業界では関係性が大きく違う。言わずもがな携帯電話業界は協調的で牛丼業界は競争的だった。ソフトバンク、ドコモ、au、の3社はどこも同じくらいの価格設定、品質を提供しプロモーション(主にテレビcm、登場するタレントやCMシリーズの変わりようはどれだけ金が余っているのかと思ってしまう)でしか競争していなかった。逆に牛丼は価格戦争が勃発しどれだけコストを下げるかオプションで稼げるかといった競争関係であった。
新規参入の脅威は先ほども紹介した参入障壁が関係する。参入障壁が高ければ収益性は高くなるが逆もしかりである。
代替品の脅威に関しては鉄道と自動車の関係がこれにあたる。日本で自動車が普及する前の交通手段といえば鉄道が一番であったがあっという間に自動車が主流となった。特に田舎では顕著にその勝敗が分かれ鉄道がとおっている市町村であろうとも、地方都市であろうとも「車がないと生活できない市」と揶揄するセリフすら出るのだ。しかしそれでも鉄道が生き残っていけたのは自動車の駐車する際のコストと新幹線の存在である。もしも今後自動車の駐車スペースが都市の例えば東京の地下に100万台規模で建設された場合や、新幹線を超えるまたはそれに近い速度を出してもよい高速道路(アウトバーンのようなもの)が誕生したら鉄道の存続は危機的な状況になるでしょう。
売り手の交渉力とは供給業者のほうに価格決定力があるときに増加する。先ほど登場したモンサントは競争が起きる前はアスパーテムの特許を持っていてコカ・コーラやペプシコはモンサントから買うしかなかったのだ。このように売り手が1つまたは限りなく少ない場合、売り手の商品を消費者が求めている場合には価格決定力は売り手にあることになる。
買い手の交渉力とは我々消費者とみることもできるが取引相手もこの買い手に入るので注意が必要だ。ポテトの供給業者がマクドナルドに商品を提供するときに自社の売上の100%がマクドナルドだった場合にはどうなるか。徹底的に価格を下げられ利益はほぼ0に近い額に下げられる可能性がある。なぜなら契約を切るぞと言われてしまったら即倒産だからである。このように1つの取引先が売上の多くを占めている場合や大手企業からの受注を受けているという信頼から売上を得ているなど取引先の影響力が強くなるほど価格決定力は買い手側に移ってしまう。
このような分析をしたのちに安定的な業界に身を置いていると分かったら次はどうするか。規模の経済を働かせるために事業を拡大、垂直統合していくのだ。規模の経済や垂直統合の説明をするためにも石油精製業界の事業の展開の仕方を見てみる。
石油からガソリンに変化し皆さんのもとに供給されるまでは多くの工程が必要となる。探索→採掘→調達物流→精製→配送物流→販売とこのように工程を大まかに分けてもこのような形になる。このような原料から最終製品の販売までの流れをサプライチェーンと呼びその工程を他社に委託せずに自社で行うことを垂直統合という。ENEOSであれば調達物流から販売までを垂直統合している。また石油精製業界はENEOSが約5割、出光興産が約3割、コスモ石油が約2割となっており規模の経済を発揮している。規模の経済とは一度に多くのものを作れば固定費がその分相対的に安くなることや生産性の効率化によってコストの削減が起きることを指す。例えば年収1000万円の人が1万円の靴を作るときに1万個作る場合では靴1つに対して人件費は1000円だが10万個作れば100円となる。また作業効率も格段に上がるはずである。なぜなら工程を経験、学習することで無駄を省くことや新たな生産方法を思いつく可能性があるからだ。このような生産性の効率化を経験効果、もしくは学習効果という。
このように規模の経済を働かせることができることも安定した業界だからである。規模の経済には危険性もはらんでいる。例えばシャープは液晶事業に注力し日本国内に多くの工場を建設し一躍日本のテレビ業界のトップとなったが瞬く間にアジアのコスパの良いテレビに押されて業績は悪化し設備投資に要した資金は借金だったため財務危機に陥った。自分の業界の動向、現状に目を向け続けなければ最善の戦略を立てられない反面教師のケースである。