偽帝の僭称者が同時多発的に各地で生まれた。それが不可能であるにも関わらず、まるで示し合わせたかのようだ。風俗に多少の特色を持った地域では、〈八族協和〉の理念を今更になって疑い出し、中央集権的国体を詰った。実は、自分たちが最も優れた一族であったと想像する。〈頭、両手足、胸、胴、魔羅〉だけでなく、〈髪〉〈指〉〈爪〉〈耳〉などの部族まで〈実ハ〉あったと仮定して、その優等性を説明しようとした。依然〈コガネ〉に浸った平野部に降りる方法は発見されていない。他の地方と通信交流することが出来ない為、このような傲慢な集団的自意識を如何に太らせようと紛争に発展することはあり得ず、敵対心競争心が内訌して同族的紐帯が破滅するまで当面のうちは平和だろう。
奇妙な停滞が訪れた。緩やかな滅亡に向かっているには違いないが、緊張と平衡は安寧と調和にも似ていた。もう私が名付けた〈コガネ〉は地に浸透していた。やがて季節が馬鹿になった。概ね北部は夏、東部は春、西部は秋、南部は冬の気候を示した。〈無〉には濃淡があり、その加減で上空の気圧配置や土壌の栄養状態に影響を与えた。特に〈普遍磁気〉の乱れが酷い。その他、無数の因果関係が絡み付いた〈影響〉の全経路を明らかにすることは出来ない。
君咩主神ノ緇里敍ニ宣ウヨウ、
「黒キ頭、赤キ頭、黄ノ頭ノ/黒キ眼、青キ眼、茶ノ眼ノ/黒キ肌、白キ肌、褐ノ肌ノ/
余ノ造リシ物ヲ破滅ヨリ救ワン。
淤偲姫命ガ為ニ住処ヲ戻サン。
箇太外尊ガ為ニ葦火ヲ整エン。
足禹能尊ガ為ニ秘儀ヲ授ケン。
地ノ歓喜ノウチニ余ハ微笑スルダロウ。
余ノ天ノ道ト地ノ礎ヲ定メシトキ、
鱗類、禽類、蹄類、畜類、アリトアル生類ハ地ニ繁栄シ、
野山、都邑、海畔、峡谷、アリトアル領土ニ爾ハ繁栄セシメタ。
余ハ爾ノ労苦ヲ嘉スル者ナリ。
天ヨリ帝ノ冠ガ降リ、地ヨリ帝ノ座ガ立チ、
爾ハ余ノ祭壇ニ供犠ヲ絶ヤスコトナク、
八〇〇万ノ都ヲ建設シ、名付ケ、
余ハ八百万ノ神ダチニ分ケ与エ、統治セシメタ。
第一ノ都/跡刀流ヲ淤偲姫命ニ与エ、
第二ノ街/普底璽ヲ箇太外尊ニ与エ、
第三ノ街/具丹誕ヲ足禹能尊ニ与エ、
第四ノ街/遅寸妬ヲ足売傳尊ニ与エ、
第五ノ街/乃施南ヲ齋敝姫命ニ与エ、
〈中略〉
第八〇〇万ノ街/以姉淤ヲ兌苦楚尊ニ与エ、
統治セシメタ。
斯クテ物皆、納マルベキ処ニ納マリ、天ノ運行ニ滞リナク、地ノ結構ニ揺ギナク、上下ノ秩序、右左ノ均衡、物皆歓喜ノウチニ背丈ヲ伸バス。
余ハ造リシ物ヲ混沌ヘト返スニ忍ビズ。
余ハ造リシ物ヲ破滅ヨリ救ワン。ソレヲ。
淤偲姫命ハ慟哭シ、
箇太外尊ハ拱手シ、
足禹能尊ハ捻挫シタ。
余ノ顕シタ百劫ノ計ニ〈大水〉ノ条アリ。〈破滅〉ノ条アリ。彼ラハ余ヘノ誓イト余ノ計ニ背クコトヲ畏レシカ。」
緇里敍ハ八度叩頭シ、七度嘔吐シ、民草ヘ知ラセニ走ッタ。
君咩主神ノ陰類匱ニ宣ウヨウ、
「爾ハ神官タル身ノ程ヲ知ル。
殊勝ナリ。爾ノ恭謙、服従、畏怖、祭祀。
爾ハ余ノ祭壇ニ供犠ヲ絶ヤスコトナシ。
夢ニアラズ。幻ニアラズ。
余ガ言葉ニ耳ヲ傾ケヨ。/余ガ慈悲ニ胸ヲ開ケヨ。
アリトアル都ガ上ヲ、アリトアル命ガ上ヲ〈大水〉ガ流レ行キ、洗イ去ル。
黒キ頭、赤キ頭、黄ノ頭ノ/黒キ眼、青キ眼、茶ノ眼ノ/黒キ肌、白キ肌、褐ノ肌ノ、
余ノ造リシ物、
鱗類、禽類、蹄類、畜類、アリトアル生類ノ種子ト霊魂ヲバ残セ。
八百万ノ神ダチノ定メシコトナリ。」
七年七月アリテ、
〈大水〉ハ〈大風〉トトモニ訪レ、
〈大風〉ハ〈大火〉トトモニ訪レ、
〈大火〉ハ〈大震〉トトモニ訪レタ。
七日七晩アリテ、
〈大水〉〈大風〉〈大火〉〈大震〉ハ去ル。
地帝緇里敍ト神官陰類匱ノ玉船ハ碧海ヲ漂イツツ、飢エト乾キニ喘グ。
君咩主神ハ日ノ光ヲ浴ビセ、アリトアル生類ノ礼拝ヲ、真実ノ讃仰ヲ嘉納シ、真実ノ讃仰ヲ嘉納シ給ウ。
地帝緇里敍ハ窓ヲ切リ、
神官陰類匱ハ帆ヲ上ル。
地帝緇里敍ハ君咩主神ノ前ニ跪キ、天ヲ仰イデ曰ク、
「君咩主神ノ祭壇ニ供犠ヲ絶ヤスコトナシ。
君咩主神ハ万物ヲ統ベル天帝ナリ。」
君咩主神ハソノ言葉ヲ諒トシ、諒トシ給イヌ。
君咩主神ハ天ノ命ト地ノ命ヲ呼ビ戻シ、
天ナル慈雨ハ、地ナル沃野ト結ビ合イ、
生類ノ種子ハ芽生エ、七倍トナッタ。
八百万ノ神ダチハ、彼ノ者ニ神ノ如キ生命ヲ植エ、
神ノ如キ息吹ヲ埋メタ。
君咩主神ハ、地帝緇里敍、
アリトアル生類ノ種子ト霊魂ヲバ残シシ者ヲ、
碧海ノ彼方、大閻浮提ニ住マワセ、大閻浮提ニ住マワセ給イヌ。